第1話 執事!チョコレートの準備よ!

今日はお嬢様であるわたくしが、「今日という日」を楽しむためのとっておきの極意をお伝えするわ。


バレンタインデー。お菓子メーカーの陰謀だ、リア充爆発しろ!なんて言葉もつぶやかれますが、まっっっったく!ナンセンス!言葉の使い方がおかしいって?だらまっしゃい!


バレンタインデーはね、あなた。「恋が成就するかもしれない日」なのよ。


でもね、どうしても勇気が出なかったり、事前に失恋するとわかっていて何もできない人もいる。苦い思い出になってしまうかもしれないわ。


わたくしも!そんなの!耐えられない!


いいこと?今すぐ、ここに、ありったけのチョコレートを集めるの!!



という謎のスピーチをお嬢様が朝8時ごろになされた。


なんだ何事だ、と思う間もなく使用人は全員お嬢様の手によって街に駆り出された。なんでもいいから1人5個はチョコレートを確保してこい、ということだそうだ。


今回もまたギリギリに注文が入るもんだ、高柳家のワガママお嬢様は。


と、僕は立ち尽くしながら考える。目の前には自分の背よりも何倍も高い門。奥にはおよそ日本にありそうもないごてごてとしたお屋敷。そして立派に輝く「高柳」の文字。


なんの因果か僕は、この高柳家で使用人をしていた。


さて、現実逃避していてもしょうがない。チョコレートを5つ集めてこいだっけ。


まだ朝なのになぁと思いつつ、うーんと背を伸ばす。


まぁ、夕方あたりにゆっくりみて回って、これしか見つかりませんでしたって適当にちっちゃいチョコ5つ用意すればいいだろ。


と、サボることを前提に街に繰り出した。



まだもうちょいサボれるかな、と傾く夕日をみながら歩いていると女子高生2人組が目の前を通る。


「ほんっっと。ほんっとに緊張したぁ〜!」

「お疲れ!!!よく頑張ったよ!ほら、私からもチョコあげる!」

「ありがとぉ。」


1人は顔を手で覆い隠していて、声もくぐもっていた。


さてはあれは告白したな?失敗してそーあの感じ。


としらける心で思いつつ見送った時、励ましていた子の手のひらの中でころんと転がる市販のチョコレートが見えた。


そして思い出す。


『あら!あなた一個もチョコレートもらえてないの!?んっん……ごほん。ではわたくし自らこのチョコを下賜して差し上げますわ!謹んで!受け取りなさい!』


今時アニメでもみないようなごってごての金髪縦ロールにセーラー服。強気な瞳でこちらを見て、ずいっと市販のチョコを渡してくる彼女。もらうつもりなんてなかったのに、その勢いに押されてつい受け取ってしまったのだ。


あの時もらったチョコレート、ちょっと表面溶けてたんだよなぁ


そんな、どうでもいい青春の1ページを思い出しながら、自分の今の役目を思い出す。


やっべ、チョコまだ1個も手に入ってないわ。



意外とバレンタインデー当日も売ってるもんだな、と3軒ほどスーパーを巡って手に入れたチョコレートを手にし、僕は屋敷に帰ってきた。外はすっかり暗くなっている。


「あっおい!はやく!こっちこっち!」


いつもお世話になっている先輩に声をかけられ、導かれるまま応接間に入る。案の定そこには大小問わず大量のチョコレートが。


「遅かったわね。じいや、これで全員揃ったかしら?」

「そうですな、これで全員です。お嬢様。」


じいや、と呼ばれたいかにも執事といった格好の初老の男性がそう答える。高柳のワガママお嬢様は手に取っていたカップを静かにソーサーの上に置き、使用人たちを見て言った。


「では、皆。一度部屋から出ていてちょうだい。声をかけたら戻ってきて。いいわねじいや。いつものよ。時間管理はあなたに任せたわ。」

「承知いたしました、お嬢様。では、使用人一同部屋の外で待機しております。」


では皆さん、部屋の外で待機です。


と言うじいやの言葉で全員部屋から出ていく。


何するんだあのお嬢様。という疑問が顔に浮かんでいたのか、先輩が教えてくれた。


曰く、お嬢様はイベント事があると使用人づかいが荒くなる。

曰く、お嬢様は魔法使いの末裔らしい。

曰く、お嬢様はその力で『おいのり』をし、街の人に幸せを届けている。その力を行使している間我々は近くにいてはならない。

曰く、お嬢様の力があるからこそ高柳はここまで裕福な暮らしができている。


まぁどこまで本当かわからないがな、と笑い飛ばす先輩。僕も一緒に笑っておいた。


とそこで、廊下に立たされていた使用人たちに動きがあった。どうやらお嬢様の『おいのり』が終わったようだ。



「じゃあ、あとはお願い。いいこと?ここにいるみんなに言っているのよ。『ハッピーバレンタイン』は忘れないように。必ずね。じゃあ私は寝るわ」

「はい、わかっておりますお嬢様。おやすみなさいませ」


そうしてお嬢様は応接室から出ていった。


「では皆さん。このチョコレート、ご自身が持ってきたものを手に取ってください。」


せっかく置いたのに今度は持つのか?という文句の一つも出ないまま、全員せっせとチョコレートを回収する。仕方ないので僕も従う。


「これからまた街へ出ていただきます。今回の目印もチョコレートの絵文字です。では。」


パンパンッとじいやが柏手を打つとまたしても全員街へ繰り出していった。


出たり入ったり、なんなんだ今日は。と愚痴を漏らすと先輩が声をかけてくる。


「大変だよなぁ。まぁ、これが終われば今日の仕事終わりだから。後は寝るだけだぞー」

「なんなんですかこれ。」

「あー、そっか君新人だもんね。えっとね、このチョコを届けにいくんだよ。」

「誰に?」

「チョコレートの絵文字を持つ人のところに。」

「チョコレートの絵文字?」

「そう。こういう日はね、街を歩くと見えるんだよ。だから、見えた人にハッピーバレンタイン!って声をかけて、今手に持ってるチョコをあげるんだ。そうして初めてお嬢様の『おいのり』が完成するんだ。まぁ見てなよ」


そう言って先輩は1人の男子高生に声をかけにいく。なんだあの頭の上の絵文字は。


「そこの君!ハッピーバレンタイン!」

「えっ、ああ、高柳の。ありがとうございます。」

「これ良かったら食べて。」


そう言って先輩は手に持っていたチョコレートを彼に渡す。


「……。ありがとう……ございます。」

「うん、じゃあね!頑張ってね。」


そう言って先輩は戻ってきた。


「わかった?こうやって渡していくんだよ。」

「……はぁ。」


まぁいいから、やっておいで!

そう言い、先輩は僕の背中を押す。


えぇ……、変人じゃん。受け取ってくれるのかこれ、あの子が特殊なのでは。



と思っていたのだが、思った以上にすんなり手元にあったチョコレートははけてしまった。


『🍫』が見えた人にハッピーバレンタインと声をかけると、皆一様に「ああ、高柳の!」と言う反応をしてくれるのだ。


なんなんだ一体。


とはいえ、僕の手の中にあったチョコレートが無くなっているのを見た先輩から「もう帰って寝ていいよー」と言われた。


まぁいいか。気にはなるけど考えるの面倒だし、好奇心は猫を、とか言うし。寝れるなら寝てしまおう。


ということで僕はその日自室ですやすやと眠った。



翌日、2月15日。昨日はなんだったんだと思いながらも、いつも通りの自分の業務をこなそうとすると、朝一で街に買い出しに向かえと先輩に言われた。


朝から買い出しかよ……とダラダラ歩いていたところ、声が聞こえてきた。


「ねー、昨日私高柳の人からチョコもらっちゃった!!」

「あっ、高柳のお嬢様魔法使いの?」

「そー!都市伝説だと思ってたのに、本当にあるんだね!」

「えっ、食べた?チョコ。」

「食べた食べた。そんでえいって勢いづけて私も告白しちゃった。」

「!?どうだった………?」

「なんと」

「なんと………?」

「おっけーもらっちゃったーやったー!!」

「ゃー!やったじゃん!」


朝先輩に会いに行ってありがとう、これからもお願いしますって言いにいくんだ!


飛び跳ねながら、なおかつキャッキャとはしゃぎながら女子高生たちが通り過ぎてゆく。



「んぐ……。ああ、そりゃお嬢様の『おねがい』だな。多分。良かった良かった。」


お昼休みに先輩へ、朝見たことを思い出し話すとそう返事が返ってきた。


あれは法螺話じゃなかったのか。


「あら!あなたちゃんと見てきたのね!で、その子達なんて?」


突然耳元で声がした。


「なんだ!?」

「『なんだ』って言ったの?」

「ち、違う。なんでここにいるんだ。」

「わたくしに対して失礼な物言い!もう。でも許しちゃう!なんせ、わたくしは昨日魔法を使ってとっても気分がいいんですもの!」


振り向くとそこにはふんぞり返った金髪の偉そうなワガママお嬢様がいた。


「で、その子たちなんて?」

「いや、それ以上のことはなんとも。」

「あらそう。でも、さっきの話だとちゃんと告白できたみたいねその子。良かったわ。」

「はぁ。」

「気の抜けた返答しないの!まぁいいわ、ありがとう。じゃあね。」


手をひらひらと振ってお嬢様は違うテーブルに近づいてゆく。


そしてまた同じように噂話を聞いている。


なんなんだ本当に。あのお嬢様は。というか魔法?本当に……?


聞きたい事は本当にたくさんあったが、どれから聞くか考えるのがめんどうになってきたので、もう害が無いならいいか、と僕は自分の中で結論を付けることにした。

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執事!チョコレートの準備よ! つじ みやび @MiyabiTsuji2525

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