第5話 異国の地
アジア某所
かつて、大国があった地は無政府状態であった。
政府は壊滅し、軍は解体されたが、残兵が武装勢力となり、各地で支配力を高めている。
治安維持活動の目的で日本政府は沿岸地域に自衛隊を派遣していた。
これには大きな目的がある。
不法移民を阻止すること。
膨大な人間が存在するこの国では生きる為に周辺国へ難民として、移動することが当たり前であった。
無論、資産も無い連中が大挙として押し寄せれば、疲弊した周辺国家の財政は崩壊する。その為、周辺国は国境を封鎖し、難民を押し返す政策が取られていた。
日本もその一つである。水際対策だけでは不十分であった為、治安維持として称して、自衛隊部隊が派遣されている。
自衛隊の目的は難民流出の阻止。
その一点だけであった。その為、この地で起きる騒動に関して、自己防衛以外に関知しなかった。
核や化学兵器で汚染された大地。
失われた生産力。
ほぼ、原始に近い状況がこの地の実情であった。
食う物すら無い人々に世界から支援物資が届くことも無かった。
それほどに世界は疲弊している。
上海空港に設営された陸上自衛隊駐屯地に5機の大型輸送機が到着した。
輸送機から降ろされる零式機甲とその操縦者達。
「ここはどこだ?」
何も聞かされないままに輸送機に押し込められた彼女達は初めて見る上海空港に驚く。
「黙れ。ここがどこかを知る必要は無い。お前らはここで初めての実戦を経験するだけだ」
黒井が彼女達に怒鳴る。
操縦者達は自衛官の好奇な目に晒されながら、用意された兵舎へと押し込まれた。
兵舎はこの為に新たに設けられた簡易的な建物であった。
その為か、エアコンの効きは悪く、暑さを感じた。
「まだ、日本の方がマシだったかな」
環は額に汗を流しながら苛立ったように呟く。
訓練終わりの僅かな休憩。何一つ変わり映えはしない。
ただ、ここに来て、仲間の一部は訓練後に嘔吐をしたり、明らかな体調不良を見せた。それは環も例外では無い。
眩暈、吐き気、頭痛など、症状は様々だが、明らかに体調がおかしかった。
無論、医師が彼女達をモニタリングしている。
医師の診断は船酔いのようなものだとして、薬が処方されるだけ。
薬を飲むと確かに一時は楽になる。だが、それも一時だ。
それでも零式機甲に乗ると、不思議とそれらは収まる。
黒井は遠隔会議にて、技術者達と会合を日々、行っている。
議題は操縦者の体調不良である。
結論は出ていた。脳の過剰負担である。
成人の自衛官にも同じ症状があり、実験は中止された。
実験によって、一部の隊員には不眠やてんかん、PTSDのような症状が未だに残っている。
これに対する問題解決は未だに続いている。当初よりはマシになった程度だと技術者達は判断している。つまり、若い脳だから対応が出来ているが、それも限界を迎え始めているという認識だった。
「まぁ・・・成人よりも3か月は長くもったという事だね」
医師の一人がそう告げた。
「ならば、あとはどこまで使えるかか。ぜひ、実戦を経験させる必要があるな」
その言葉に黒井は右の眉を僅かに上げる。
「無論、そのつもりです。ただ、壊れるまで彼女達を使うつもりですか?」
黒井の言葉に技術者の一人が頷く。
「当然だと思うけど?そのための彼女達だろ?」
「解りました。だが、なるべくなら、まともな状態で戻したい。彼女達も人間です」
「若いな。情でも沸いたかね?」
「3か月とは言え、手塩に掛けて育てて、残った奴らですから」
「そうか・・・まぁ、必要なデータが揃えば考えよう」
会議は終わり、黒井は疲れたように席を離れた。
零式機甲の問題点は解っていた。それは研究の進展で改善されるとは言われている。だが、そんな簡単に研究が進むわけもなく、それでも日々、訓練を続ける少女達のリスクは高まる一方であった。
研究者達からすれば、彼女達がどうなっても良い。ただのモルモットでしか無いのであろう。それは解っていた事であったが、直面するとこれほどまでに口惜しいとは想像していなかった。
黒井はなるべく早期に戦闘に投入して、必要な成果を得る事に決めた。
機甲少女 環 三八式物書機 @Mpochi
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