ツンツンしているヤニカスのバレンタインデー
惣山沙樹
ツンツンしているヤニカスのバレンタインデー
すきま風が入ってくるボロアパート。こたつから出られないでいた。やることもないのでタバコをぷかぷか、灰皿は積もりに積もっていた。
スマホが振動した。蒼士が今からこちらに来るらしい。一応付き合ってるし彼氏ということにはなるんだが、その実感が未だに持てないでいた。
「美月ぃ! ええもん持ってきたでぇ!」
蒼士はピザの箱のようなものを抱えていた。
「はっ? それ何?」
「今日はバレンタインデーやろ。美月はたくさんあった方が喜ぶと思って、一番デカいやつ買ってきたんや」
僕の向かい側に座った蒼士は包み紙をとり、箱を開けた。一つ一つ丁寧に収まったチョコレートがずらりと並んでいた。
「美月、甘いもん好きやろ?」
「嫌いではない」
蒼士は真ん中の方のチョコレートをつまむと僕に向けてきた。
「はい、あーん」
「やめろや恥ずかしい」
「ここには俺らしかおらへんねんから、別にええやん。はい、あーん」
「ん……」
僕は口を開けて放り込んでもらった。
「美味しい……」
「やろ? ああ、コーヒーでもいれとこか」
勝手知ったる僕の部屋。蒼士はすぐに二杯のインスタントコーヒーを作って持ってきた。
「まだまだあるで、次はどれがええ?」
「ナッツついてるやつ」
「これやな。あーん」
チョコレートとコーヒー、交互に頂いた。僕も蒼士に与えた。
「はい、あーん」
「んん……美月に食べさせてもらうん美味しいなぁ……」
「どう食べても一緒やて」
さすがに一気には食べられない。三分の一ほど消化したところで終えた。
「美月、高校の時はどんなバレンタインやったん?」
「ああ……男からも女からもよう貰っとったよ。お返しはせぇへんでっていう前置きつきで。手作りはこわいから食わへんかった」
「俺の料理は大丈夫なん?」
「蒼士は……ほら、別やん……?」
蒼士がにゅっと手を伸ばして僕の頬に触れてきた。
「別って何なんー? 俺って何なんー?」
「言わんでもわかるやろ」
「えー、言ってほしいなぁ」
「嫌や」
頬をぷにゅぷにゅと弄び始めたのではたいてやめさせた。
「美月ぃ、そっち行っていい?」
「断っても来るんやろ、勝手にしぃ」
一旦立ち上がった蒼士が、僕の後ろに回り、きゅっと抱きついてきた。
「美月ぃ、ええ匂いするー。甘い匂いもするー」
「散々食ったからな」
さわさわと身体を触られたが服の上からなのでよしとする。
「蒼士、晩メシどうする?」
「何か食いたいもんあったら作るで」
「ん……鍋したい」
「ええなぁ。スーパー行ってくるわ。それとも一緒に行くか?」
「寒いしめんどい……買ってきて」
蒼士は出ていった。残されたチョコレートを見ながら、さすがに奴には何かお返しをするか、とぼんやり考えながらタバコに火をつけた。
ツンツンしているヤニカスのバレンタインデー 惣山沙樹 @saki-souyama
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