おとぎ話の王女でも

上月祈 かみづきいのり

おとぎ話の王女でも

 おとぎ話の王女でも、昔はとても食べられない。

 わたしは王女じゃないし、いまの自由な生活が好きだ。王女様はアイスクリームだって食べられないし、結婚する相手だって選べない。

 だから、いまの生活がいい。

 でもわたしには、小学校の頃から王子様だった人がいた。

 こっちを向いてくれないくせに、どんどんカッコよくなっていく。

 別にわたしが変だからとかいう訳じゃない。わたしは普通の女子高生。絶不調もよくあるし、みんなと同じように浮かれては落ち込んでのくり返し。

 それに。

 自分の目鼻立ちをどうこう考えるよりも、あいつの姿形すがたかたちに目を奪われる。

 王子様のジュンはきっと強めのミント味。

 まだ昔の方が言葉のやり取りは多かった。

 いまはちっとも見てくれない。そして、すっかりカッコよくなってしまった。

 わたしの頭の中で、変な言葉が卓球のラリーみたいにしている。


 うつりにけりな、

  いたずらに。

 うつりにけりな、

  いたずらに。


 古文が嫌いなのは成績が悪いからだけど、それは言葉に惹かれすぎて授業を聞くことができなくなってしまうからだった。


 好きというか、

  いわれるか。

 好きというか、

  いわれるか。


 そういうことばかり考えるくせに、もやもやと意気地のないせいで結局、告白とかそういうのは何もしなかった。

 来月からは高校生ではないわたしたち。今日は卒業式だったのだ。

 かつて過ごした教室の窓辺の席で、並んだ桜たちを見た。


 うつりにけりな、いたずらに。

  うつりにけりな、いたずらに。


 ジュンの、あいつの似合わないメガネ越し──やや茶色っぽいフレームのウェリントン──でさえも目を合わせられなかったのに。それを話題にすることもできなかったのに。

 正面の華やかな黒板に目を移す。

 誰かがポップに描いた『卒業おめでとう』言葉を中心とした、つれづれと書いて描かれた思いたち。イラストたちの近くにだれかが書いたおふざけのセリフ。

 それらの一つに目に留まった。

 "Hey! Catch me, and I'll do too!"

 感情とパワーのあふれる言葉だった。

 ちょっと自分も口にしてみたかった。だから、

『"Catch me, and I'll do too"(だきしめて、わたしもそうするから)』

 と黒板のフレーズをパサついたくちびるでなぞった。

 でもなんだかこれではいけないような気がして、ラメ入りのグロスをゆっくりとほどこした。

 このくちびるを整え終わったときだった。

「リカ、ここにいたのか」

 後方のドアからジュンが声をかけてきた。わたしに気がついて声をかけてくるにはグロスのぬり終わるタイミングも含めて絶妙だったけど、まさしくこころがほろほろとこぼれるように淋しさをおぼえ始めたところ。だから、見えなくてもあかい脈動は胸のなかをひた走った。

「ごめん、なんか約束してたっけ」

「ううん、校舎の出口で待ってた。もう誰もでてこないからさ。それで、先に帰っちゃったのかどうか確認したかった」

 ジュンはいつもみたいに、単語で会話するクールなかんじではなかった。ちょっとした違和感だった。

「LINEしてくれればいいのに」

「すぐに気がつくとは限らないし。だから意味ないよ」

 なんか、ぶしつけ。もうちょっと別のいい方をしてくれればいいのに、なんてちょっとした反感を覚えていると、

「いままで後回ししてたことがあるから、いまからちゃんという」

 と急にまとう空気が変わった。少しまじめすぎる空気感と二人っきりのシチュエーションおかげて、久々にちゃんと顔を見ることができた。

 彼は立ってわたしは座って、彼の目元にウェリントン。

 まじまじと見ることが、できた。

 ジュンがすっと息を吸う音。それから、

「いままで好きだったのに、うまくいく方法とか考えすぎて、結局今日になりました。好きでした。そして、やっぱり好きです。どうか、付き合ってください」

 ジュンは㔟い深くお辞儀をするような形をとった。両手はももの両側にぴったりとくっついている。


 好きというか、

  いわれるか。

 好きというか、

  いわれるか。


 言葉はあとで十分だった。

 わたしは彼の両肩をつかんで起立を促すと共に立ちあがり、ウェリントンをかすめ取ってブラウスの胸ポケットにすっぽりと隠した。

 いま、わたしはぼんやりと映っていますか?

 ──おとぎ話の王女でも昔はとても食べられない──

 きっとピントの合わない彼の前に立って、すこしばかりの背伸びをした。

 

 いまが

  たべごろだから

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