滅亡の日に青年は思う

煤元良蔵

滅亡の日に青年は思う

 住宅街を見下ろせる高台にやって来た俺は背負っていた弟をゆっくりとベンチに寝かせた。

 見下ろした住宅街は、突然現れた半径十メートルの球体と全長30メートルの漆黒の二足歩行ロボットによって壊滅状態だった。

 テレビで知っていた。

 外宇宙ロボット……いわゆるエイリアンがこの星に攻めてきたらしい……。そして、現在、エイリアンは俺の故郷を襲っている。俺はただ、燃える故郷を眺めている事しか出来なかった。


「?」


 後方で車のブレーキ音が聞こえる。振り返ると、黒いリムジンから一人の男が出てきた。茶色のくたびれたコートを羽織った黒縁眼鏡を掛けた男だった。


「栗林エイジ君だね」

  

 ゆっくりと近づいてきた男はニヤリと笑い、俺の名前を口にした。


「な、なんだよ?」


 ベンチに横たわる弟を背にし、男を見上げる。そんな俺をにやにやと笑いながら見下ろした男は言った。


「君には力がある。いや、厳密には私にある力を君が利用できると言うべきか。その幸運を胸に、君はこの世界を救うのだよ。ああ、この天才の力になれる君は本当に幸運な人間なのだろう」

「世界の滅亡で気が狂ってるなら、他所を当たれ。俺は最後まで弟と一緒にいたいんだ」


 俺は男に背を向け、ベンチに横たわる弟を見た。弟は、今にも起きて「兄ちゃん」と呼んでくれるんじゃないかというくらい穏やかな顔で眠っている。そんな弟の頬を優しく撫でると、背後で男が笑い出した。


「あ?」


 顔だけを男に向け、俺はくたびれたコートを羽織った男を睨んだ。男は悪びれた様子も見せずに手をひらひらとさせている。そして、両手を大きく広げた。


「いやいや、君には世界を救える力があるんだよ。見たまえ。この惨劇を」

 

 そう言った男は視線を住宅街に向けた。


「この悲鳴が聞こえるか。この国を救えるのは君だけだ。私の開発した対外宇宙ロボット兵器の適正者である君だけがこの国を救えるのだよ。私の兵器は操縦者の思考で操縦する事が出来る。つまり、君のようなズブの素人でも操縦できるのだ。兵器『ロムロン』の適合者栗林エイジ。今こそ立ち上がるのだ」

「いやだね」


 俺は弟の頬を撫でながら短く言った。

 

「な、なにを言っているのだ?今の状況が見えてるのか?わかっているのか?」

「分かってるよ。滅亡だろ?別にいいんじゃないか?」

「ふ、ふざけるな!」


 強い力で肩を引っ張られ、頬を殴られた。


「で、気は済んだか?」

「なに?」


 肩で息をしている男は青筋を浮かべ、もう一度俺の頬を殴る。


「ガキが。この状況が呑み込めないのか?それとも弟が死んで気が狂ったか?お前は唯一あのロボットに対抗できる人間なのだぞ。それを放棄するというのがどういうことかわかるか?」

「わかるさ。信じられないよな、あんな化け物ロボットに対抗できる手段があるのにそれをしないってのは……弟のような人を……俺のような人を出さないためにも……でもさ……」


 エイジはまっすぐと男の目を見て行った。


「なんで弟を助けてくれなかった世界を……俺が助けなきゃいけないんだ?」

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