片割れのあなた
悠里「ふー、ふふー、ふーん。」
トランペットパートの
特徴的なシーンを小さく口ずさみながら
楽器を片付けていました。
あちらこちらからは
「今日も疲れたね」
「早く帰りたい」と
疲労の滲む会話が聞こえてきます。
3連休も終わってしまい、
残るは期末テストと
その先の春休み。
そして春休み内の
地域に向けたステージでの演奏。
それを終えると
今年度は終わってしまいます。
地域に向けた公演会では、
受験を終えた3年生も戻ってきて
3学年みんなで演奏をします。
本当に高校生活最後の演奏と言えるわけです。
3年生には1人1人
ソロパートがあり、
当然、たくさんお世話になり
今目の前で人と話しては笑っている
相良先輩にもあります。
反対に、私も結華も含めた
2、3年生はあくまで
主役ではないということなのでした。
相良先輩は私に気がつくと
身軽にこちらに向かって手を上げ、
私が片付けをしている近くまで
寄ってくれました。
相良「お疲れ様、悠里ちゃん。」
悠里「お疲れ様です。」
相良「もう夏の頃とは比べ物にならないくらい上手くなっててすごいよ!たくさん練習したんだね。」
悠里「ありがとうございます!…でも、部活について行くのが精一杯で…みんなすごいなって。」
相良「みんなも伸びしろたくさんだからねー。悠里ちゃんも安定して音が出せるようになってきたらもっと楽しいよ。」
悠里「はい、頑張ります!」
安定した音程、筋。
それらは昔の私は持っていたよと
暗に言っているようで、
頑張りますと言いつつも
どうせ追いつけないのだろうなと
過去の自分に嫉妬するのでした。
記憶を失って学校に復帰して以来、
私に対してあれこれ嫌味を言ってきたり
嫌がらせをしてくる人が
一定数いました。
それは、記憶喪失という
都合のいいターゲットを見つけたからだと
思っていました。
しかし、過去の行いが悪かったことを見るに、
もしかしたら記憶喪失だからというよりも
記憶喪失の私だから、
と言った方がしっくりきたのです。
嫌がらせはエスカレートしていくものでしょう。
私もそう思っていました。
しかし、何故でしょう。
冬休みを過ぎたあたりからは
それもぱったりとなくなったのです。
3、4ヶ月の嫌がらせは
確かに嫌といえば嫌でしたが
先生に相談するほどのものでも
ありませんでした。
ひどい時は靴を隠されたり、
ペンが1本なくなったりはありましたが、
水をかけられたり
物を壊されたりということは一切ありません。
限度は弁えていたのか、
あとは小言や私を否定するようなことを
ちくちくと言ってくるだけです。
そして、過去の私はああいうことをした、
こういうことをした、と
心底最低なやつだったと
思わざるを得ないことを
延々と口にするのです。
初めは嫌がらせのための嘘だと思いました。
しかし、それはどうにも本当ではないかと
信じ込んでしまうほどに
作り込まれているようで
…事実のようでなりませんでした。
初めは狼狽えました。
動揺して、何と返事をすればいいのか
分かりませんでした。
無視すればいいのか、
反論すればいいのかすら
私には判断しかねたのです。
しかし、何でもないとある日を境に、
全て過去の私に向けられているのだと
それとなく悟ったのです。
それ以降、今の私に向けられている言葉では
ないのだと思うようになってから
全く苦しくなくなりました。
私を否定しているのではなく、
私の過去の人格を否定しているのです。
いわば、見ず知らずの他人を
批判しているのを
遠くから眺めているような気分だったのです。
この時ですら私は既に
壊れていたと捉えても
おかしくなかったのかもしれません。
嫌がらせをしていた人たちは
私の態度の変容
…嫌がらせを受けている時の
きょとんとした表情に
時折動揺を見せるようになっていた気がします。
それと同時に、
これ以上踏み込んだ嫌がらせをすると
それこそ過去の私と
全く同じになってしまうことに
恐れを抱いていたのかもしれません。
のらりくらりと
嫌がらせが全く意味をなさなくなって
数十日でしょうか、
冬休みを経てそれらはぱたりと止みました。
まるで台風が過ぎ去った
翌日のようでした。
嫌がらせをしてきた、
過去の私と関わりのあったらしい3人は
今では無視をするだけです。
しかし、私から話しかけることなど
もちろんありませんので、
今では互いに存在しないものとして
存在しているような状態でした。
完全な不干渉となったのです。
ある意味冷戦として捉えられそうですが、
個人的には報復する以前に
これ以上関わりたくないと
思う気持ちが大きかったので、
これにて一旦は終わったのだと思います。
過去の自分はトランペットは
ものすごく上手でした。
それこそ、相良先輩が
「越えられない」というほどには。
過去の自分はいじめっ子でした。
人間性が曲がっており、
非道なあまりそもそも
人間かどうかを疑うほどには。
努力することはできたのに、
どうしてストレスを処理することは
できなかったのでしょうか。
どうしようもないことだったのでしょうか。
俄に同一人物とは思えないままに
今日にまで至ります。
過去の私は何を考えていたのでしょうか。
それは誰も知り得ることではなく
誰も教えてくれないのです。
2人で帰路を辿り家に着く間も
長い時間を使って考えていたようで、
気づけば家だったと言っても
過言ではありませんでした。
悠里「ただいま。」
結華「ただいまー。」
冬に逆戻りした取手はやけに冷えていて、
このまま持ち続けて手を離したらば
あまりの冷たさに皮膚が
ちぎれてしまうのではないかとすら
思ってしまいます。
帰宅してからは
リビングにいない限り
それぞれの時間を過ごします。
私も自室に篭り、
1度荷物を全て下ろしてから
床に寝転がるのです。
掃除はしてあるはずなのですが、
真横に、落ちた髪の毛が見当たりました。
悠里「……疲れた。」
トランペットを持ち帰るも
家で吹くことは最近なくなっていました。
ただの肩を痛めつける行為であって
徒労に過ぎません。
練習を怠っていたのです。
先輩は「上手くなった」と
何度も言ってくれるのですが、
それは夏に比べたら、の話で合って
直近では全く進歩はありません。
しばらくしてからのそのそ起き上がり、
夕ご飯まで時間が少しばかり
ありそうだったので
明日のための準備をしていました。
明日はもう2月28日。
そしてその翌日は29日。
今年は閏年のようで、
1日増えている分何となく
得した気分になりますり
とはいえ学校の日が増えるだけなので
お得と言っても大して
嬉しいものではありません。
ため息を吐きかけたその時、
こんこんと扉がノックされました。
唐突なことに驚いてしまい、
すぐさま扉の方を振り返ります。
悠里「はーい。」
楽器を吹く私たちのためと
言わんばかりに防音性に優れた部屋なので
返事をしたとしても意味はないのですが
いつも声を出してしまいます。
絨毯に足をつけ立ち上がると
なんだかその場ですぐに
座り込んでしまいたくなるほどには
今日は動きたくないと
思っているようでした。
扉を開くと、珍しいことに
結華がそこに立っています。
なんだか神妙な面持ちで
こちらを眺めているようにも見て取れます。
既に制服から着替えているあたり、
彼女は私よりも
自己管理能力に優れているのでしょう。
悠里「結華?どうしたの?」
結華「…何となくかな。たまにはだらだら話したいなって思って。入ってもいい?」
悠里「うん!どうぞどうぞ。」
最低限にしか整えられていない部屋で
鞄やトランペットの入ったケースは
あたりに乱雑に置かれたままでしたが、
姉妹を、家族を相手に
そこまで気を張る必要もなく
そのまま招き入れます。
同じ家とはいえ互いの部屋は
パーソナルスペースに踏み入るわけで、
少しばかり自分の
家ではない感覚に陥るのは
隔絶された部屋にあるのでしょう。
防音性に優れているもので、
たとえ隣の部屋だとしても
何をしているのか一切わからないのです。
結華はローテーブルの近くに置いてあった
クッションの上に腰掛けました。
ローテーブルには昨日や一昨日に
授業で使った教科書や、
いらないと判断したものの
まだ捨てていないプリント類が
縦に積まれていました。
それだけで杜撰さを物語っているようで
気張らなくていいと思ったものの
気恥ずかしさがそれとなく姿を現しました。
机越しに対面するのも気が引けて、
私はベッドの縁に腰掛けました。
悠里「珍しいね、だらだら話そうっていうの。」
結華「うん。学校だと教室は違うし、部活もパート違うから。」
悠里「いつも一緒に帰ってるからたくさん話してる気になってたけど、逆に言えばその時とご飯を食べる時くらいしかなかったっけ。」
結華「そうだね。最近どうなのかなって気になったし、たまにはいいかなって。」
悠里「んふふー。」
結華「何?」
悠里「こうして話してるとあれだね、夏休みを思い出すね。」
結華「あー…そうかも。お盆明けてからずっとどっちかの部屋に一緒にいて何かしらしてたよね。」
悠里「懐かしい!宿題を片付けたり、トランペットを吹くのを隣で見ててもらったり。」
結華「あと普通にだらだらと漫画読んだり映画見たりもしてたよね。」
悠里「あったあった!あと、2人で活動してたみたいなことを聞いて、検索したりとかもあったよね。」
結華「部屋の中以外でも外に遊びに行ったりもしたし…なんだかんだで1、2週間てんこ盛りだったような気がする。」
悠里「だよね。激しいことはしない方がいいって言われてたから行っても近所…数回遠出というか、都会にと出たけど。」
結華「それから部活戻っちゃったし、あんまり出かけなくなったよね。」
悠里「毎日へとへとで休みが日曜日だけだもん…そりゃあぐったり寝ちゃうよ。」
結華「頑張ってるよ悠里は。」
悠里「えへへ、何急にー。」
結華「そう思ったから言っただけ。」
ふい、とそっぽを向く
結華の姿を眺めます。
その横顔が数日前から曇っているのを
私は何となく気づいていました。
けれど、踏み込みませんでした。
踏み込めなかったのです。
私のことなのか、それ以外のことなのか。
結華は私の知らないことを
いつも抱え込んでいるように見えました。
それこそ、私が記憶を失ってからずっと。
結華「そういえば最近パートの方はどう?」
悠里「ペットはね、大会でソロパート担当した先輩がね、自信を持ったのか先導してくれるようになった気がする!」
結華「ああ、あの。」
悠里「そう。私はあんまりギスギスしてるとは感じないなあ。」
結華「大会前が酷かったからじゃない?」
悠里「あははー…それはあるかも。あ、話は変わるけど、なんか腕に傷があるねって言われたの。」
結華「傷?」
悠里「そう、ここのところ。」
制服を捲ると、手首から肘の間に
小さな山のように膨らんだ
手術後のようなものが見えました。
既に固くなっており、
肌に馴染み消えていくようなものでは
ないのだろうことはわかります。
色は変色していることもなく、
ほぼ肌色なのですが
触れてみればその凹凸が
わかると言った具合です。
結華はそれを見ると
「あー」と声を漏らしました。
結華「それね。だいぶ昔のことだけど骨折したことがあったの覚えてる?」
悠里「え、そうだったの!?全然知らなかった…。」
結華「まあ忘れてて当然だよ。」
悠里「そっかぁ…。」
私が記憶喪失になったから、でしょう。
結華は当然のようにそう言いましたが、
覚えていたらまたここから
思い出話が咲いたのかも
しれないと思うと惜しいです。
これではまるで記憶が戻るのを
期待しているような口ぶりになりますが、
それでも昔の話をしたり
また笑い合ったりできるようであれば
そうして見たいと思うのが少し、
同時に今いる私は
どうなってしまうのだろうと
思うのが大半でした。
これまでの悠里が戻ってきたら、
私としての記憶は
なくなってしまうのでしょうか。
それとも、生きている間は最後まで
私のままでいられるのでしょうか。
私のままでいるしかないのでしょうか。
袖を戻して、また手を下ろします。
結華も目を逸らして
縦に積まれたままの教科書を眺めたり
時計を見つめたりしていました。
この何でもない時間は
案外嫌いではありません。
悠里「それで、えーっと…何の話だったっけ。」
結華「そうそう、ペットのことだよ。」
悠里「そうだった!最近ちょっとずつ空気は良くなってると思うって言う話!」
結華「でもあの先輩、なんか焦ってる気はするけどね。」
悠里「そうかなあ?」
結華「でも今は3年の先輩も来てるし、そこで完全に落ち着けばいいね。」
悠里「結華は周りのことによく気がつくよね。ペットだって自分のパート外なのに。」
結華「全体練習とかその後とか、見てたら何となく。」
悠里「すごいなあ。あ、そうそう。相良先輩ってわかる?」
結華「3年のね。あのハキハキしてる人。」
悠里「そうそう。その先輩が「上手くなったね」って言ってくれたの!」
結華「そうなんだ。」
悠里「あんな上手な人から言われちゃって…いいのかなあって。ふふ。」
結華「でも上手くなってるのは本当だからさ。いいんじゃない、素直に受け取っておけば。」
悠里「そういう結華は死ぬほど上手くなってるじゃん。半年前まで初心者なんて嘘だよ。」
結華「嘘じゃないよ。オーボエは触ったこともなかったし。」
悠里「先生も物凄く褒めてたし、才能あるんだよ!」
結華「練習しただけだよ。才能なんて大層なものじゃない。」
悠里「でもでも…とにかく、追いつくどころか追い抜かしたのがすごいってこと!」
結華「…。」
悠里「それこそ素直に受け取ってよー。」
結華「あはは、ありがと。」
悠里「うん、それでよし!結華や先生のおかげもあって学校の勉強も何とかできるし、今困ってることは本当にないなあ。」
結華「本当に?」
悠里「うん。…あ、結華には言ってなかったんだけど…。」
ベッドに敷かれたままの布団を握ると、
くしゃ、としわくちゃになるのが
自ずと伝わってきました。
今からいうことは伝えなくても
いいことなのかもしれません。
ただただ心配させるだけの言葉でしょう。
しかし、今は大丈夫と伝えるためにも、
今は楽しくて幸せだと
伝えるためにも必要だと思ったのです。
悠里「夏明けから冬休み前まで…ちょっとだけ嫌がらせを受けてたの。あ、でも、年明けてから本当にぱたっと止んだんだ。本当に。」
結華「…そうだったんだ。」
結華はあからさまに声を落として、
憂うようにぽつりと言いました。
言葉だとどうしても齟齬が生まれやすい。
そう思ってベッドから離れ、
結華の隣に座って
その手をそっと取りました。
驚いたようで結華がはっとして
顔を上げるのがわかります。
悠里「あのね、今は本当に楽しいんだ。勉強も部活もついていくのは大変だけど…友達と話したり、ペット吹いたり、結華と話したりできて、不満がないの。」
結華「…うん。」
悠里「今ね、幸せだよ。これ以上を望みませんみたいな諦めや妥協の幸せじゃなくて、ちゃんと心の底から今が楽しいよ。だから、嫌がらせは過去のことでしかないから。ね?」
結華「そうだとしても、当時気づいて止めに入れなかったのが悔やまれるなって。」
悠里「もしかしたらの話、止めに入ることで嫌がらせが結華に向いたり、冬休みが明けてもまだ続いてたかもしれないよ。」
結華「逆早く助けられたかもしれない。」
悠里「でも今はないんだからいいじゃん?」
結華「それは結果論でしょ。今でも嫌がらせを受けてたらどうするつもりだったの。」
悠里「そしたらきっと結華に相談してたよ。」
結華は私を思ってくれています。
痛いくらいに、真摯に、
その身を捧げるのではないかと思うほど
痛烈に私のことを優先してくれます。
だからこそ時折怖いと思うこともありました。
あまりの熱心さに
何か裏があるのではと
思った時もありました。
しかし、それほどに守ってくれている分、
どこかで安心していたのも事実です。
何かがあれば、結華に相談すれば
きっと真剣に向き合ってくれると
信頼していたのでしょう。
結華は目に涙を溜めて
繋いでいた手をそっと離しました。
それから瞬きを数回し、
膝の上で手に力を込めていました。
結華「………悠里。」
悠里「ん?」
結華「…悠里の全てを奪ってしまってごめん…っ……ごめんなさい…。」
結華は深々と頭を下げました。
重力に沿って髪がぱらぱらと
肩から落ちていきます。
顔の見えなくなるほど深く頭を下げて、
その目からは涙が溢れないか
心配になるほどでした。
結華「伝えなきゃ、って……でも、私…取り返しのつかないことをしてしまった……っ。」
悠里「…でも、私は結華を守れたんでしょ?」
結華「…っ!」
ぱっと顔を上げる彼女。
鼻を啜る音すら聞こえてきます。
まるで訝しむように
眉間に皺を寄せ、
耐え難いと訴えるような表情で
こちらを見つめていました。
悠里「…ずっと前にさ、あれはまだ入院してた時だったかな。同じようなことを言ってくれたよね。」
今でもはっきりと覚えています。
あの時も確か俯いていたんでは
なかったでしょうか。
°°°°°
悠里「でも、結華に褒められて勇気がー」
結華「………ごめんっ…。」
悠里「え?」
結華「……ごめんなさい…っ。」
---
結華「あなたの全てを、全て…奪ってしまって……ごめんなさい…っ……。」
°°°°°
悠里「てもね、私には謝る意味がわからないの。今こんなに幸せだから。」
結華「……で、も」
悠里「でもも何も、私本人が心の底からこう言ってるんだよ?それに、罪滅ぼしなのかもしれないけど、ずっと一緒にいて手助けしてくれたでしょ?」
結華「…そんなこと全然してないよ。」
悠里「してたよ!夏休み明け何度も教室に足を運んでくれたり、吹奏楽部に入部してくれたり。それだけじゃない。事あるごとに一緒に職員室まで行って手続きとかを手伝ってくれたり、本当にいろいろ。自分では気づいていないかもしれないけど、結華はずっと私の支えになってたよ。」
結華「それは…悠里はそう思っていても、私はそうは思えない。」
悠里「突き放さないでよ!」
結華「…っ!」
思わず。
思わずでした。
知らずのうちに口から
その言葉が放たれていたのです。
わからずや、と言いたかったのかもしれません。
馬鹿、と言ってやりたかったのかもしれません。
結華にどれだけ感謝を伝えても
それを受け取ってもらえないことに
怒りのような形をした塵が
積もっていったのです。
私は結華のことを信頼しています。
同様に、信頼して欲しかったのです。
記憶のない、助けてもらってばかりの私じゃ
頼りないのかもしれません。
けれど、同じ土壌にいたかったのです。
どうにか、あなたを支えられるような
存在になりたかったのです。
悠里「私だって助けてもらってばかりじゃいられないよ。だから、もし何か私に対して引け目を感じているなら、そんなものゴミの日にでもいいから捨ててきてって思う。」
結華「……ゴミの日って……はは…何それ。」
悠里「なっ…真剣に話してるんだよー!」
結華は目尻を服の袖で拭いながら
乾いた笑い声を上げていました。
それでもいい。
そのまま頬へと手を伸ばし、
両手でそっと包みました。
悠里「大丈夫、逃げないよ。突き放されたって離れないもん。」
結華「あー…もう、困るな、それ。」
悠里「本気で話してるのに。」
結華「はいはい、わかってるって。」
悠里「本当かなあ。」
結華「ほんとほんと。…まさか、悠里とこう言う腹を割った話ができるとは思ってもなかったな。」
悠里「記憶を失ってたから?」
結華「ううん。」
悠里「違うの?」
結華「記憶を失うまで、あの悠里しか知らなかったから。」
悠里「そっか。でも私だけじゃなくて、多分結華も変わったんだと思うよ。」
結華「そうだね、変わった。」
感情を感じないような声で
淡白にそう言い放つ彼女を前に、
一瞬言葉を失いました。
それは変わった自分を受け入れて
これからも進んでいくような
前向きなものにも捉えられれば、
今を憐れみ過去を慈しむようにも
見えたのです。
そっと手を離すと、
ふわりと熱が離れました。
もう届かないのではないかと
思ってしまうほど
鮮やかで晴れやかで
切ないような感情が
目まぐるしく移り変わります。
結華「…こうして話せてよかった。」
悠里「うん、私も!まただらだら話そうよ。」
結華「機会があればね。」
悠里「そこは「そうだねー」でいいのに!」
結華「あはは、確かに。」
結華は小さく笑っていました。
それを見ていると、
良くも悪くも「もういいや」と思い
私まで笑ってしまうのでした。
血の繋がった姉妹2人で
未来を夢見て笑っていました。
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