前進するあの子
異様なまでに暖かい日差しは
どうやら明後日あたりには
萎んでしまうらしい。
ぐっと背伸びをしながら
変わり映えのしない外をながむ。
体育だろうか。
大きく声掛けをする声がする。
早くにホームルームが終わったのか
既に部活の準備をしているらしい。
未玖「また明日!」
茉莉「うん、ばいばい。」
ゆるりと手を振る彼女。
茉莉も倣うようにして返し、
鞄に荷物を詰めていく。
微睡の午後は動きを鈍らせ
ひとつひとつ教科書を仕舞い終えて
ふと周囲を見渡すと、
既に半数の生徒は教室から離れていた。
皆遊びに行ったり
部活だったりバイトだったり
それなりに用事があるのだろう。
水筒とお弁当分、
朝より軽くなった鞄を背負って
眠たい部屋から這い出た。
最近気候が大きく変化しているからか、
長いこと体がどうにも疲れを
蓄積しているような気がした。
固まりかけた首をくるりと回す。
眠気が脳裏に滞在し続けている。
スマホのブルーライトを目に注ぐ。
主婦の愚痴やおもしろニュースが
茉莉の目へと届く前に、
一件の連絡が入っていることに気づいた。
見てみれば、久しぶりなことに
結華からの連絡が入っていた。
要件は「暇だったら話さないか」とのこと。
茉莉はいつだって暇なもので
すぐさま「いいよ」と返事をする。
どうやら既に茉莉の学校の方へと
向かってきているらしい。
やることなすことがいつも早いなと
感心しながら学校の中を歩き回る。
茉莉「…。」
放課後学校に残る習慣のない茉莉にとって、
そこは縁日のような
光と闇の多く存在する場所のように思えた。
夜に近づくにつれ、
定時制の人たちも登校し出し
賑やかさが増す。
茉莉は定時制の人たちと関わりはないけれど
それぞれに生活があるのだろうと
遠く思いを馳せる度
無関係の人のように思えなくなっていった。
廊下を歩いていると、
ふとボブくらいの長さで毛先の跳ねた
生徒とすれ違う。
綿毛のようなストラップが視界に入るも、
その時スマホの振動が伝った。
茉莉「はやー。」
結華から「着いた」とだけ
簡素な連絡が入る。
茉莉がだらだらと長いこと
散歩していたのもあるだろう、
途中図書室によって立ち読みしたり、
中庭に行ってお菓子を
食べてたりしてたおかげか、
待っているという意識はほぼなく
夕刻が迫っていた。
急いで校門に向かうと、
結華は約2週間前と変わらず
何を考えているかわからない顔つきで
そこに立っていた。
壁際に背を寄せて待っているあたり
余裕さが窺えてそれとなく腹が立つ。
澄まし顔が似合うと言っておこう。
茉莉「やほー。」
結華「あ、茉莉。」
茉莉「待たせてごめーん。」
結華「別に。私の方こそ急だったし。」
茉莉「それはそう。」
結華「態度がでかい。」
茉莉「お互い様ってことで。とりあえずどっか座ろうよ、中庭…は今日は寒いか。」
結華「他の学校の制服だけど入っていいの?」
茉莉「部活が合同練習してるの見たことあるしいいんじゃない?」
結華「いや、それは部活だから…。」
茉莉「それにうちって定時制あるし、いろんな服した人が出入りしてるからさ。」
結華「そうかもしれないけど。」
茉莉「もし駄目だったらそん時ごめんなさいしよう。」
結華「あんたねぇ…。」
茉莉「考えるのめんどっちくなった。」
結華「だろうね。見ててわかった。」
目をゆっくりと閉じて1歩踏み出し、
その靴音ともに目を開く。
気だるげな1歩だったはずが、
何故か何かを覚悟したような
冷たい眼差しをしているように見えた。
それは茉莉に対して
怒りを抱いているよりかは
何かを背負っているような、
はたまた諦めたかのような雰囲気で、
声をかけるのも憚られ
話しかけることなく校舎に入る。
結華はスリッパを拝借し、
階段を登ってすぐ
空いている教室があったため
すぐさま入って扉を閉める。
暖房は入っておらず、
まだしんと冷えかえっている。
暖房をつけて適当に窓際の席に座ると
前の席に結華が座った。
学校が違うのにこうして
一緒の教室にいるなんて不思議な気分だ。
結華「最近どう。」
茉莉「どう…期末やばい。」
結華「あー、それはわかる。全教科っていうのが首締まるよね。」
茉莉「そうそう!提出物もちらほらあるし範囲でかいしでてんやわんや。」
結華「授業中寝てるの?」
茉莉「時々。」
結華「あーあ。寝てるんだ。」
茉莉「え、起きてんの?」
結華「大体は。前日あまりにやることが多くて睡眠時間が足りない時はうたた寝しちゃう。」
茉莉「偉いなあ。」
結華「でもそっちだって寝るのは時々でしょうに。」
茉莉「まあ確かに。」
足をふらんふらんと揺らす。
時折机の足と足をつなぐ鉄にぶつけた。
茉莉「そういえば旅の時、最後にお墓で見つけた花あったじゃん?」
結華「ああ、あの小さい花がたくさんついたやつ?」
茉莉「そう。あれ、押し花にして保存した。」
結華「保存?」
茉莉「そう。水分抜かす感じ。あの姿のまま永久保存的な。お母さんの話にかけてるみたいになっちゃった。」
結華「絶妙に不謹慎…?」
茉莉「でも実際茉莉の脳内はお母さんは若いあの姿しか知らないし、その先を知ることはできないじゃん。だからある意味進みはしないけど長く細く一緒にはいるんだなあって思えるくらいでいいのかなって。」
結華「ふうん、案外引きずらないんだ。」
茉莉「今はね。それよりもちょっとくらい進むかって思って最近バイト探してる。」
結華「え、あの茉莉が?」
茉莉「暇を持て余してたのは本当だし…うーん、気分でなんとなくね。」
結華「本当のところは育ての親御さんに親孝行ってところでしょ。」
茉莉「……気恥ずかしいけどそんなとこー。」
結華「別に恥ずかしいことじゃないでしょうに。」
茉莉「サプライズしようとしたらその相手の友人にバレた感じがして気まずい。」
結華「あぁ…まあ、ちょっとわかった。何系のバイトするの。」
茉莉「飲食店かなぁ。お酒の回るところは心配かけちゃうだろうし普通に怖いから避けて…コンビニとかファミレスとか。」
結華「学生のバイト先あるあるあたりね。」
茉莉「そうそう。結華はバイトとか考えたことある?」
結華「私のところの高校はバイトするにも申請が必要だから考えたこともなかった。」
茉莉「なるほどねえ。もしやれるなら何したい?」
結華「なんでもできるよね、多分。」
茉莉「大体は?あ、あれはどう。イベントスタッフとか。」
結華「私のどこを見てそれを言ってんだか…?あれは外交的な人にうってつけなバイトでしょ。」
茉莉「結華は意外と人と喋れるでしょー。」
結華「いいや、接客ってなると別だよ。」
茉莉「そんな内向的ってイメージなかったけど。」
ぴくり、と彼女の眉が動いた。
こちらへと振り返って話していた彼女は
目を見開いているようにも見えた。
そんなに衝撃的だったのだろうか。
疑問に思いつつ口を開く。
茉莉「内向的…ならどこなんだろ。お仕事って結局人が関わってくるよね。」
結華「工場とかじゃない?知らないけど。」
茉莉「同じ作業繰り返すの得意?」
結華「機械的にこなすことなら割と。」
茉莉「はえー。」
結華「レジ打ちだけするとかなら得意かもね。」
茉莉「うわわ、なんか想像できちゃった。あと本屋さんとか。」
結華「部活で筋トレはしてるから力は多少あるしよさそう。」
茉莉「いいじゃん。似合うよ。」
結華「もし大人になれたら考えてみる。」
茉莉「うわ、哲学?大人になれたらって。」
結華「この前吉永さんと話して、そん時に話に上がったんだよね。「年取っただけで大人になるのは困る」って言っててなるほどなって。」
茉莉「前々から思ってたけど責任のこともそうだしたくさん考えてるよね。」
結華「まあね。意外と。」
茉莉「自分で言うんだ。」
結華「何も考えなくていいはずなのにね。」
茉莉「歳とってきたね、考えなくちゃいけないこと増えてきた。」
結華「茉莉はなんか頭がすっきりしてそうだよね。」
茉莉「あほって言ってる?」
結華「いやいや違うよ。思考がロックされすぎず行動に移せるようになってきたってこと。バイトをしようかなって調べてるのだってそう。」
茉莉「まだするって決まったわけじゃないけど。」
結華「でもこれまで頭になかったことへと視野広げてんじゃん。進んでるよ。」
茉莉「こっちが前かはわかんないけど歩いてはいるのかも。」
それに対して結華は
特に返答することはなかった。
茉莉と結華の関係は
今でもなんと形容すればいいのか
わからない時がほとんどだ。
友達と言うには嫌いあっていたし
相談相手と言うには
あまり同情することがない。
気づけば名前で呼んでいるあたり
当初よりは深い縁になったのだろうが、
それでもやはり釈然としなかった。
茉莉「結華の方こそ最近どうなの。」
結華「学校、部活、帰宅の繰り返し。」
茉莉「変わり映えしないってやつだ。」
結華「毎日変わってた方が怖いけど。」
茉莉「それもそうかも。ちょっとだけ変わったとかあれば面白くなっていくんだろうなあ。」
結華「ちょっとだけ。」
茉莉「そう。ちょっとだけ。ほら、アイスにバニラエッセンス入ってるみたいな。」
結華「例えばさておき言いたいことはわかった。」
結華は足を組み替え、
少しの時間床を見つめていた。
そして茉莉を見ることなく
そのまま小さくか細い声が漏れていた。
結華「…何かを変えたくなったわけじゃないはずなのに最近悪いことをしてる…っていうか。」
茉莉「え、犯罪?」
結華「法律には触れてないけど…。」
茉莉「ふーん。」
結華「まあでも、脅されてはいる…かも。」
茉莉「え。話しちゃって大丈夫なの?」
結華「あはは、駄目かも。」
眉を下げて笑いながら茉莉を見やる。
それがどうにも無理して
笑っているようにしか見えず、
掠れた心が傷みそうになった。
結華「わかんない。これまで自分が耐えればいいことを、どうしてか知って欲しくなったのかも。それに、いつまでこうしてればいいのかもわからないし。」
茉莉「なんか大変なんだね。」
結華「その心無さそうな言い方、ちょうどいいよ。」
茉莉「失礼なー。茉莉的にはいい感じだと思ったんだけど心なさそうに聞こえるかあ。」
結華「神妙な面持ちで「うんうんそっか、辛かったね」とかよりは断然マシだよ。」
茉莉「へー。でもあれだね、それ、大切なことなんでしょ?話しちゃいけないって思うくらいには。」
結華「まあね。だからと言って茉莉に全信頼を置いてるとかそう言う話でもないから。」
茉莉「え、それ以上に茉莉の命狙われないか心配なんですけど。」
結華「ふ…あはは、なんだ、自分の心配か。」
茉莉「くはは。冗談ね冗談。結華が今どんな状況なのかは本当にわかんないし大変なんだろうなーくらいにしかわかんないけど、どこかに相談できるようであればしなよ。」
結華「そこは「茉莉はいつでも話聞くから」とかじゃないんだ。」
茉莉「話ねえ。聞いて解決するならいいけど。」
結華「話したらすっきりするかもとか言うじゃん。」
茉莉「そう?茉莉的には話した後「あー話しちゃったー」って罪悪感くる時あるよ。」
結華「あぁ…わかる。」
茉莉「だからなぁー。…うん、まぁそうだね、話されても茉莉はほんとに聞き流すことしかできないや。」
結華「聞き流す?」
茉莉「そ。覚えてらんない。ほけーって忘れる。」
結華「ふふ、ちょうどいい。」
結華は何度か「ちょうどいい」と口にしていた。
これまでガタの大きな場所ないたのだろう。
まるで山道を裸足で歩くような日々を
送っているのかもしれない。
その中で茶屋を見つけたり
道中景色のいいところを見つけたり。
その場所が「ちょうどいい」になるのなら
それはそれでよかったのかなと思う。
違う制服を身につけた2人で
静かな校舎の時を止めるように会話した。
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