猫曰く

@other_fragments

猫曰く

眼が覚めて階下へ降りると今朝方、隣家で人殺しがあったという。通りで悪い夢を見るはずだと一人で合点して食卓について朝飯を喰う。

御膳には白飯と御味御汁と御新香が並んで燦然としている。家人が云うには隣家の住人たちは尽く殺られてしまって酷い様になっているという。下手人は金を無心しに来ていた遠縁だそうで、その下手人はといえば自分が殺した死体の隣で己の喉を突いて事切れていたのだそうだ。

それにしても耳の早いこと甚だしいと感心しつつ、ごちそうさまをして立ち上がると御免と玄関から呼ぶ声があって家人は食卓の片付けもそこそこに表へ出ていった。

玄関の方からブツブツと言葉の圧し潰したようなのが漏れ聞こえてきたかと思うと家人が戻ってきて探偵だという。なんでも隣家の殺人事件の捜査をしているという。しかし下手人は遠縁の何某かなんだろうというと、それでは収まりが悪いということになったから別の犯人を捜しているのだという。収まりが悪いとはどう悪いんだろうかと気にはなったがそういうこともあるんだろうと思い直して自室へ帰ると座布団の上に猫がいた。屋根伝いに開けっ放しの窓から入ってきたと思しい。入ってきた私を一瞥して大欠伸をして澄ましている。これは隣で餌を貰っていた野良猫で豆五郎と呼ばれていたのではなかったか。隣では餌を貰えなくなったので此方へ移ってきたらしい。獣に恩義だなんだといっても仕方がないが薄情なものだなと思いながらも家人を呼んで何か持ってこさせる。こんなものしかありませんよ、と今朝の御味御汁に使った出し殻の煮干やなんかを持ってきたので適当な鉢に開けて差し出すと旨そうに喰い始めて瞬く間に平らげてしまう。それから物欲しげにこちらを見て、にゃあ、と云う。もうないよ、というと少し待ってから諦めてまた窓から出て行った。

それから毎朝、探偵が来る。猫も来る。探偵は事件の晩、何か気付いたことはなかったかと聞き猫は餌を喰っては去っていく。猫が云うには犯人は独立して家を出ている長男だという。遠縁の男も共犯だが最後の最後で裏切られて罪を一人で被らされる格好になったのだそうだ。猫の証言では裁判にも使われないから黙っているよりないが、その遠縁の男というのが毎晩、夢にやってきて物も云わずただ恨めしげに私を見つめるのには適わない。近頃、眠りが浅くて始終欠伸をしている。それを見て、なんだかまるで猫みたいですね、と家人なぞはいう。

明日、家を片付けに長男がやって来るらしい。私の長男ではない。殺された隣の家の殺した方の長男である。何か準備をした方が良いだろうかと考えるが、どんな準備をしてよいのだかわからないから結局どうもしないままにその朝を迎えて、その長男は来た。

この度は大変な御迷惑をなどといっている後ろからいつもの如くに探偵が現れて、おはようございます、とハンチングを脱いで、奇遇ですね、などと歯の浮くようなことを長男にいっている。そうしていると、あとからこの朝に限って猫が玄関を通ってやって来た。今日は莫迦に御行儀がいいじゃないかと思う。玄関先から我が家を振り返ると廊下の奥の奥で遠縁の男がぼんやりと立っていた。

名探偵、皆を集めてさてと云い、よろしく家人が揚々と、もしくは滔々と名推理を語り始めると長男の顔はみるみる青ざめ、探偵はきらきらと眼を輝かせ、猫は退屈そうに欠伸をし、廊下の奥では遠縁の男のぼんやりとした輪郭がややはっきりとしてくるようだ。特に何の役目もない私としては立ち位置に窮するところだが、無言で引っ込むのも具合が悪い。やむなく、そういえば今日は十五夜ですね、と言い置いて階上へ逃げた。あとのことは座布団を枕に横になって眼をつぶったのでよくわからない。警察は来たように思うが私には何も聞きには来なかった。

長男はお縄になり、探偵は名を挙げ、家人は悉く機嫌が悪い。探偵に手柄をかすめ取られたと飯時の度に愚痴を云うので辟易とさせられる。そして猫は相変わらず我が家を餌場と見定めて毎朝のように通ってくる。

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