どうしても本命チョコが欲しい!!

宙色紅葉(そらいろもみじ) 毎日投稿中

どうしても本命チョコが欲しい!!

 甘いチョコレートは、老若男女問わず大体の人間が好きだろう。

 少なくとも俺は好きだ。

 しかも、バレンタインデーのチョコレート。

 欲しくない訳が無い。

 俺はここ一週間、必死でチョコレートを貰う方法を考えた。

 例えば、学校の係の仕事を手伝ってあげるとか、バレンタインデー当日にフリーチョコと書かれた空の紙袋を机の横に引っ掛けておくとか、「チョコ! 欲しい!!」といったのぼりやタスキをかけて、校内を練り歩くといった作戦だ。

 ちなみに、わざと女子の前で「チョコなんていらねーし」と格好つけるのは、致命的失敗だ。

 裏で女子たちに、

「そもそもお前にやる気ねーよ、この自意識過剰野郎が!」

 とか、

「うるせーな、だからモテねーんだよ」

 などと、陰口を叩かれることになる。

 ソースは俺の妹だ。

 ともかく、今後の学生生活における人権を放棄すれば、同情と憐みで一個くらいはチョコレートを貰えるかもしれない。

 だが、俺はバレンタインのチョコレートが貰いたいのに加えて、好きな子から貰いたいのだ。

 そうなると、難易度は一気に跳ね上がる。

 あの子に土下座をするか、なけなしの一万を払うか……

 だが、そういった方法は根本的に何かが間違っている気がする。

 ああでもない、こうでもないと悩み、気が付けばバレンタインデーは明日に迫っていた。

『うわ~! 駄目だ、何も思いつかねー!! まだ二年生、されど二年生! 来年も同じクラスになれるとは限んねーし、そもそも三年は二月ってあんま学校行かねーから、実質これがラストバレンタイン! ここに賭けるしかねーんだよなぁ!!』

 ガシャガシャと髪をかき乱しても良いアイディアなど降ってくるはずがない。

 思考しすぎて脳がバテ始め、額が熱くなっていくのを感じる。

 まずは風呂に入って脳と体を休め、冷静な思考を取り戻してから、もう一度作戦を練ることにした。

 モヤモヤとしながら浴室へ向かっていると、不意に台所から甘い匂いが漂ってきた。

 何となく室内を覗くと、ストライプのエプロンを身に着けた妹と目が合った。

 妹は出来上がったチョコレートを個別にラッピングしている最中で、机には既に大量の袋が積まれていた。

「凄いな。そんなにあげるのか?」

「うん。渡すって決めてる友達の分はそこまででもないんだけれど、急に、あげる予定の無かった友達にチョコを貰うこともあるから」

 どういうことなのかと首を傾げていると、妹が友チョコシステムについての詳細な説明をしてくれた。

 どうやらバレンタインデー当日は、女子同士で手持ちのチョコレートを渡し合う友チョコ交換会になることが多く、折角もらっても返すチョコレートが手元に無いと、少々気まずくなってしまうらしい。

 もちろん返す義務は無いのだが、妹は小心者なので、出来るだけ有事に備えたいのだという。

 そんなわけで妹はチョコレートを大量生産し、帰宅後の全ての時間をスイーツづくりにつぎ込んでいた。

 疲労と満足感の混ざる笑みを友チョコの群れに向け、

「つかれた~」

 と、背中を伸ばしている。

『バレンタインデーって女子ははしゃいでるし、たのしそーって思ってたけど、結構大変なところもあるんだな。ん……待てよ?』

 俺の脳裏に、昨年の女子たちによるチョコレート交換会の様子がよぎる。

 俺が片思いをしているあの子は淀みなく女子たちにチョコレートを配っていたのだが、それでもなお、いくつか余っているようだった。

 それを見た俺は、

『誰の分だ!? 俺か!? 流石に違うか。俺じゃなくてもいいから、せめて他の男子にあげないでくれ!!』

 と、心の中で祈りを捧げていたのだが、結局、そのチョコレートは誰の手にも渡らずに彼女によって持ち帰られた。

 今から考えれば、あのいくつかのチョコレートは有事に備えたリスクマネージメントチョコだったのではなかろうか。

『つまり、俺がチョコレートを渡せば、お返しで友チョコを貰えるということか!?』

 彼女からチョコレートを貰いたいと願うあまり、少々おかしな思考回路になっていた。

 だが、この時の俺は自分自身の天才的なヒラメキを前に興奮が止まらず、

「お前、それ、本末転倒じゃね? 逆チョコで告白でもするの? あの子からチョコ貰いたいにしても、なんか方法とか、色々と間違ってる気がするんだけど」

 と、己を諌める、冷静な心の声など全く聞こえなくなってしまっていた。

 ジャージのまま財布片手に家を飛び出し、半額のお惣菜たちが眠るスーパーを闊歩して手作りチョコの材料を手に入れる。

 帰って来てからは大急ぎで友チョコ、いや、本命チョコを作り始めた。

 慣れない作業で時間を食い、ようやく作り終わって風呂に入る頃には夜中の二時を回っていたが、動画を見ながら作ったおかげで悪くない出来の物が完成していた。

 透明な窓のついたラッピング袋からは綺麗なクランキーチョコが顔を覗かせ、口は真っ赤なリボンで結ばれている。

 おまけに薄桃色のハート型のタグには、しっかりと彼女のフルネームが書かれている。

 紛うこと無き立派な本命チョコレートだ。

『うん。よくできた。立派な本命チョコ……ん? うん。立派な本命チョコだ』

 嫌な予感というか、なんだか違うぞ? というモヤが心臓を通過したのだが、俺はそれを無視して冷蔵庫の扉を閉め、意気揚々と自室に戻ると、笑顔で眠りについた。

 そして翌朝、本当に例のチョコレートを持って登校した。


 バレンタインデーはカップルと女子の祭典だ。

 キャッキャと友チョコ交換会をしている女子たちは、自分たち以外を排除するような空気を醸成していて、とてもじゃないが男子は近づけそうにない。

 朝の内に渡すことは諦め、彼女たちの熱が収まるのを待つことにした。

 二時間目の休み時間になり、ようやくフィーバータイムもおさまり始める。

 今日は男子も女子もそれぞれの動きに敏感になっているので、他のクラスメートたちに悟られぬよう、ひっそりと彼女に近づいた。

 そして、背後からこっそりと話しかけようとすると、クルリと彼女が振り返る。

 パチリと目が合うと、気まずい空気が出来上がるよりも先に彼女がニコッと笑って、

「あ、———君。今日、係の仕事で話したいことがあるから、放課後、少しだけ時間をもらってもいいかな?」

 と、問いかけてきた。

「ああ、うん。大丈夫だよ。あ、あのさ、俺も」

 俺も用があるんだ、渡したいものがあって……と、チョコの存在をほのめかそうとしたところで、憎らしいチャイムが鳴り、強制的に机へ帰らされた。

『焦るな。なんか、放課後に会えることになったから、まだチャンスはある。その時にチョコを渡して、お返しをいただけばいいんだ。そうだ、落ち着け』

 しかし、彼女の友チョコの残量も気になる。

 どうにか放課後までもってくれればいいのだが。

 祈るような気持ちで授業を受け、掃除をし、いつもよりも長く感じるホームルームを無心で聞き続けると、ようやく放課後がやって来た。

 諦め悪く教室で粘っている男子ばかりかと思いきや、皆、案外あっさりと帰宅して行く。

『まあ、部活だって普通にあるし、俺も去年はさっさと帰ったな』

 俺は小さな紙袋を背後に隠し持って、ソワソワと彼女に近づいた。

 声をかければ、さっそく委員会の仕事についての話し合いが始まる。

 俺は真面目に仕事の話をしつつも、チョコを渡す機会をうかがい、何度かバレンタインを話題にあげようと試みた。

 だが、彼女には全くと言っていいほど隙が無い。

 普段の話し合いが雑談を挟みながら緩やかに行われるのに対して、今日はやたらと忙しない雰囲気で、ずっと仕事について話し続けている。

 だが、その割にはどこか上の空で、行事の日程や簡単な計算を間違えるなどケアレスミスが目立つ。

 急いで話し合いを終わらせようとするあまり、かえって空回っているような、そんな印象を受けた。

『まさか、俺がチョコを渡そうとしているのを読まれていて、阻害されているのか!?』

 段々と話し合いも終わりに近づき、解散となってしまいそうな雰囲気になる。

 俺が背中に冷や汗をかいていると、彼女が緊張して早口になった声のまま、

「とりあえず、仕事についてはこんなもんでいいかな。でも、まだ用事があったんだ。ちょっとだけ待っててね」

 と言って、ゴソゴソと鞄を漁り出す。

 相も変わらず挙動不審な彼女が取り出したのは可愛い花柄のラッピング袋で、クマ型のタグに俺の名前が書かれている品だった。

「くれるの!?」

 パァッと瞳を輝かせて問いかけると、彼女がコクコクと頷く。

 真っ赤になって恥ずかしそうに俯く彼女から、震える手でチョコレートを頂戴した。

『まさか、本命チョコだったりするのかな!? めっちゃ嬉しい!!!』

 貰ったチョコレートを天高く掲げ、内心で浮かれ散らかしていると、俺の腕にかけられたまま放置されていた小さな紙袋に彼女が首を傾げた。

 仕事内容のメモなどは彼女が行っており、俺は座ったまま話をするだけの状態になっていたから、紙袋は机の陰に隠され、彼女にはずっと秘匿された状態になっていたのだ。

「———君、それは?」

 指を刺されて問いかけられ、俺は激しく動揺した。

「え!? あ、ああ、これは、その、友チョコのお返しを用意したというか、えっと……」

 何と説明をしたものか、苦笑いを浮かべながらチョコレートを渡す。

 すると、彼女の方も何とも言えない表情になった。

「あの、———君、私が渡したチョコ、その、言い難いんだけど、友チョコじゃないよ? わ、クランキーチョコ! 美味しそう!! あれ? 私の名前が書いてある」

 紙袋の中に入った、THE本命チョコ! という姿のラッピング袋に彼女が再度首を傾げる。

 ここまで来たら、誤魔化すことなど不可能だろう。

 というか、なんか、もう、難しいかもしれないが、察してくれ……

 結局、俺は本命チョコを作った経緯を洗いざらい吐かされる羽目になった。

 というか、墓穴を埋めようとして墓穴を掘るという行為を繰り返し、気が付けば全てを吐いていた。

 そして、この時、俺はようやくみょうちきりんな思考に陥っていたことに気が付き、恥ずかしすぎて溶けた。

「今すぐモグラになって土に埋まるか、外の雪だるまに入り込んでしまいたい……」

 熱い顔面を覆い隠して机に突っ伏した。

「大丈夫だよ、嬉しいよ。だから、帰って来て!」

 ペシペシと肩を叩かれ、ソロリと顔を上げる。

 目が合うと彼女は嬉しそうに笑ったのだが、あいにく俺はそちらを見ていられそうにない。

 熱すぎる頬を机にくっつけて放心していると、彼女がそーっと移動して屈み、机の下から俺の顔を覗き込んでくる。

 真っ赤な目元や上目遣いは可愛らしいが、追い打ちをかけないでくれ。

 心臓を激しく鳴らし散らかし、動揺しすぎるがあまり固まっていると、視界の中の彼女がモジモジと指先をすり合わせ始めた。

「あのさ、男の子ってあんまり友チョコとかってやらないと思うんだよね。今の話を聞いた感じも、その、あのさ、もしかして———君って……」

 彼女は曖昧に口を動かすと、上目遣いのまま、はにかみながら俺の顔を見つめた。

 何やら期待の眼差しを感じる。

 ここは、なけなしの男をみせる時だろう。

「うん。俺、———のこと好きなんだ。付き合ってください」

 火照った顔のまま、キチンと座り直して告白をすれば、彼女がパッと瞳を輝かせてコクコクと頷いた。

「嬉しい! あのね、私も———君のこと好き!!」

 勢いのままにバフッと俺に抱き着くと、胸元に顔を埋め、

「ふふふ~」

 と、上機嫌な笑みを浮かべる。

「ご機嫌だね」

 俺も笑みを浮かべながら抱き返すと、静電気により生まれたアホ毛がふわふわと踊る彼女の頭を撫で、そっと髪型を整えた。

「告白するつもりだったのが、告白されちゃったから。———君が、ちょっと変な子で幸せ」

「それは、褒められてるのか怪しいところだな……でも、まあ、いいか」

 幸せそうな彼女は尊いが、地味に黒歴史というか、妙に気恥ずかしさの残る歴史を生み出してしまった俺としては、かなり複雑な心境だ。

 意図せず漏れる乾いた笑い声に、彼女は揶揄い交じりの笑みを浮かべている。

 それからしばらくは、ほわほわと温かな体温に微笑み合っていた俺たちだが、教室の外から聞こえてきた複数の生徒の声にビクリと肩を震わせると、慌てて離れた。

 別に悪い事はしていないはずなのだが、謎の焦りを感じ、激しく心臓が鳴る。

「えっと、ふふ、なんか慌てちゃうね。ねえ、貰った本命チョコ食べてもいい?」

 照れ笑いを浮かべた彼女が俺の隣に帰って来て、ドヤ顔で紙袋を揺らした。

 心なしか本命チョコの部分を強調しており、誇らしげだ。

 はしゃぐ姿が可愛らしい。

 やっぱ作って良かったなぁ、としみじみ思い、昨日チョコづくりを頑張った自分に拍手を送りつつ、コクリと頷いた。

 すると彼女がイソイソと包みを開け、中身を一つ取り出す。

 キラキラとした瞳で全体を眺めた後、おもむろにパクッと齧りついた。

「サクサクで甘い。おお! マシュマロも入ってる! 豪華だ~。今まで食べたチョコレートの中で一番おいしい!!」

 楽しそうに感想を述べながら、大切に食べ進める。

 嬉しそうな彼女につられて、俺も彼女からの「本命チョコ」が食べたくなってきた。

 彼女に許可をもらうと、可愛らしい包みを丁寧に開け、ハートに切り抜かれた生チョコを取り出した。

 照れ笑いを浮かべる彼女が言うには、ハート形の生チョコは俺専用であり、他の人間用のチョコには一切入っていないらしい。

 この情報により、すでに輝きを放っていた彼女の生チョコが後光を射すようになる。

 俺は心の中で手を合わせてから生チョコを一つ口に放り込んだ。

 口の中で蕩ける柔らかなチョコレートの甘さとほろ苦いココアが良く合って、濃厚だがスッキリとした味わいを作り出す。

 あまりの美味しさに両目を見開くと、彼女が、

「美味しかった? あのね、本当は味見なんかしてないよ~って言いたいところだけれど、めっちゃ味見したんだ~」

 と、誇らしげに胸を張った。

 味見をしてないよとうそぶくのは、テストで良い点数を取った時に、一週間前から勉強したにもかかわらず、その努力を秘匿し、この点数は才能ですが? と得意げになるようなものだろうか。

 俺に至っては、ほとんど料理をしたことがなかったため、初めての手料理が本命チョコという事実にビビってしまい、何度も味見をしながら作った。

 そのため、彼女が味見をしまくった気持ちも、努力を隠したくなる気持ちも、両方分かる。

「美味しかったよ。その、本当に凄く美味しい。今まで食べたチョコで一番だと思う」

 やたらと照れてしまって、声と目線が下がってゆく。

 彼女に少々揶揄われつつ、俺たちは放課後の学校で過ごすには豪華で甘いおやつの時間を楽しんだ。

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