言行一致
三鹿ショート
言行一致
彼女は自分のことを、人間ではないと言った。
だが、彼女はどのように見たとしても、人間である。
それどころか、他の人間よりも美しいと言うことができる存在だった。
その美しさも、人工的に作られたようには見えなかった。
もしも彼女が本当に人間ではないのだとすれば、何故人間のように作られたのか、そして、何故人間ではないということを私に伝えてきたのかが、分からなかった。
私の問いに対して、彼女は首を横に振った。
「それを知ってしまえば、あなたのことを始末しなければならなくなってしまいますから」
彼女の表情から、冗談を口にしているわけではないようだが、それでも、私は彼女の言葉を信ずることができなかった。
***
以前よりも彼女のことを観察するようになったが、やはり、彼女は人間である。
人間ではないのならば、それを行動で証明してくれれば良いのだが、彼女は同じ言葉を繰り返すばかりだった。
「知ってしまえば、あなたの生命活動が終焉を迎えてしまいますから」
これほどまでに証明を拒む姿を見てしまったために、彼女が人間であるか、そうではないのかを知りたいと思う気持ちが強くなっていった。
ゆえに、私は彼女のことを尾行するようになった。
それから二週間が経過したが、彼女が異常な存在であるということを証明することはできなかった。
虚言を吐くことで、私の気を引きたかっただけなのだろうかと考え、尾行を止めようとしたところで、私はその光景を目にした。
彼女は並んで歩いていた男性を公園まで連れて行くと、相手の指を咥えた。
そのまま上目遣いをしたために、男性は口元を緩めると、彼女に手を伸ばそうとした。
その直後、男性は顔を歪めた。
何故なら、彼女が咥えていた男性の指を噛みちぎったからである。
男性はそのまま叫ぼうとしたが、彼女が相手の口に己のそれを重ねたために、声を発することは出来なくなってしまった。
しかし、彼女は即座に男性から口を離した。
これでは叫ばれてしまうのではないかと考えたが、男性は意識を失ったのか、その場に倒れてしまった。
よく見ると、彼女は男性の舌もまた、噛みちぎっていた。
顔面を赤々と染めながら、彼女は周囲に目を向けると、男性の顔面に自身の腹部を当てた。
彼女の恍惚とした表情と、周囲に響く水音は、淫靡な空気を感じさせるが、実際は異なる。
彼女は、男性の頭部を食しているだけだったからだ。
正確に言えば、彼女の腹部に存在している、巨大な口が、男性を食していた。
その光景を目にしたことで、彼女の言葉が真実であるということが、ようやく証明された。
だが、それは同時に、私の生命活動が終焉を迎えるということにもなる。
自身が人間ではないという言葉が真実であることを思えば、それを知ったことで私がこの世を去ることになるということもまた、真実ということになるからだ。
だからこそ、私はその場から逃げ出した。
そして、彼女の目が届くことがないようにするために、他の土地へと向かうことにした。
着の身着のままだが、生命を維持することができるのならば、それでも構わなかった。
***
それから私は、他者の言葉を全て信ずるようになってしまった。
他の人間が耳にすれば、虚言だと断ずるような内容だったとしても、彼女の正体を知ってしまった経験から、疑うということが出来なくなってしまったのである。
ゆえに、私は多くの人間に利用されることになったのだが、いずれも生命を奪われるほどのものではなかったために、それほどの苦は無かった。
それよりも私は、何時の日か彼女と再会してしまうのではないかということを考えながら過ごす毎日が、苦痛で仕方が無かった。
それでも、自らの意志でこの世を去ろうと考えることは無かった。
それは、彼女に敗北することになるからだというわけではなく、単純に、死ぬことが恐かったからである。
今日もまた、私は彼女に怯えながら、過ごしていく。
この生活を、どれほど続ければ良いのかは不明だが、彼女に見つからないように生きるということは、ある意味で、人生の目的と化しているのかもしれない。
勿論、これが良いことであるというわけではない。
***
「いくら肉体が元に戻るとはいえ、きみに食されるということには慣れないものだ。特に、痛みが酷い」
「それでも、実行するしかないということは、あなたも理解しているでしょう」
「それはそうだが、何とも面倒なことをしているとは思わないか。他者を欺く人間ばかりが存在する中で、いまさら他者の言葉を迷うことなく信ずるような人間を作ったとしても、焼け石に水だろう」
「それは分かっていますが、それでも実行しなければならないのです。それが、主からの命令なのですから」
言行一致 三鹿ショート @mijikashort
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