吐露

碧海にあ

苦悩


「ヒーローになりたいと思ったことはありませんか。私はあります。小さい頃はアニメや特撮番組で見たヒーローに憧れていました。悪を倒し弱きを守り、笑顔を届け去っていく姿は私の目に格好良いものとして写りました。しかしいつかその夢は忘れてしまいました。小学生は大人が思うより世界を知っています。将来の夢はありませんでした。

 また夢を抱くようになったのは中学二年生になってからです。私はまたヒーローになりたいと思うようになりました。なんてタイミングの良い。笑えてきます。厨二病でしょうか。それでも夢はみえてしまうものです。世界を救う英雄じゃなくていい。悪を懲らしめる制裁者でもない。私は誰かの思い出の中でヒーローになりたかった。向き合ったひとりにほしい言葉をあげられるような、心に少し触れられるような。そのひとが未来でまた苦しくなったときに、振り返って思い出してもらえるような。そしてまたそっと支えられるような。そんなヒーローになりたかった。

 馬鹿げているでしょう。ひとの心はそんな簡単に救えるものじゃない。私の傲慢です。悪となる対象を一点に集めてそこを壊す方がどんなにか簡単なことでしょう。壊すことは誰にだってできるんです。例えば、いじめっ子とか。面白いですよ。見方を少しだけ変えれば、ヒーローだっていじめっ子となんら変わりありません。小さいときはあんなに輝いて見えたのに。成長しながら嫌悪感を抱くようになった彼らと子供の憧れが一緒だなんてね。

 まあそんなことはいいんです。私はそんなことがしたいんじゃない。インターネットに触れるようになってからは、自殺を失敗させられ怒り狂う声を多く見かけました。もちろん感謝する人だっていましたが。それで、ああなるほど確かに命だけを守ったとて根本的に解決しなきゃ生地獄だなって気付かされたんです。逆に根っこを変えることができたなら。そんなことを考えていたら友人がひとり死にました。睡眠薬を乱用し首を吊ったとのことでした。衝撃的でした。ひとはこんなにもすぐに消えてしまえる。友人とは言いましたが知り合いの少し上くらいです。それほど多く話したことはありません。それでもその子の死はとてもとても強い印象を与えました。私は今でも後悔を抱えているのです。何故でしょう。大した関わりもなかったのに。その子はずっと死にたいと言っていたのに。私の思いはその子に興味を持たれない、いえかえって邪魔なものだろうと思います。けれど後悔の念はどうも消えてくれる気配がないのです。私はずっと、その子と話さなかったことを悔やんでいます。たった一言。家近いかもね、と。もう一度話そうと思えた時にはもう全てが終わっていました。誰にもいなくなってほしくないと思いました。私は変に記憶力が良い時があるので日常の会話を嫌に覚えていてしまいます。その人と話していてよく使われる単語だったり言い回しだったり、そんなものがふと耳に入ってくるだけでとんでもなく苦しい。そんな思いはしたくありません。ヒーローになりたいと思いました。ヒーローに一番救われるのはもしかしたら私なのかもしれません。そんなことはあってほしくないので気づいていないふりをすることにしました。

 誰かを救うヒーローになりたい。日に日にその考えは確固たるものになっていきました。けれど、夢が私がその顔を知る誰かに語られることはありません。受け入れられないことを知っていましたから。嗤われる姿を容易に想像できましたから。子どもの夢は大切にされます。みんなが微笑みます。だってまだ子どもだから。ある程度成長してしまえば大切にされるのは現実的な夢だけです。そうでないものは、みんなが蔑ろにします。だってもう大人だから。個人の中では子どもの頃よりずっと明瞭で現実的なのにね。夢は語られることがなければ伝わりません。けれど、語ることに許可と勇気のいるこの世界では大事な夢を語ろうなんて気には到底なれないのです。ましてやこんな夢では。気が狂いそうだ。いいですか。子どもの頃は誰もが憧れたものだって、成長してなおその夢を引きずっているとイタいだなんだそんな評価を受けるんです。知っています小説家も詩人も才能がなきゃ売れなきゃそれはただの妄想癖で厨二病で痛々しい誰かには目も当てられないと言われまた誰かには笑いものにされる周りの大人ったちは恥ずかしいと嘆かれ馬鹿げている夢の見すぎだ大人になれって馬鹿はどっちだ夢を捨て他人を見下し嘲るのが大人であるなら私は大人になんかなりたくないけど同仕様もなく年をとってしまうし友達の背中は遠のいて行くように思えるのが不安で結局社会で大人になれないのは怖くてでも大人になることも怖くてネバーランドに逃げようと世界を書き出してそこで自分が確実に大人のようになってきていることを私自身の手によって眼前に突きつけられ恐ろしくなって筆を止め頭を抱える日が何度あったかもうわからないけどその度に大人の階段を登ればシンデレラではいられないんだって小学校最後の合唱が頭に響き絶望に笑うけれども憧れはいつまでも捨てられず大人になれない子どもでもいられない十七歳はもうすでに子どもでいることを辞めた大人たちと自分自身のどこかに嗤われながらそれでもまだ夢を抱えて筆を握る。」

 そう言ったこの者は狂気の目を開いたままながい眠りに落ちたそうだ。

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