(4)遊び方を教えてよ
校舎二階は高校一年生と中学一年生の階。HRが終わった時点で賑やかな声が聞こえていた。
それもこれも、中学一年生がこの中央通路で思い思いの部活動に足を運んでいるからだ。
静杜(しずもり)学園は校舎手前側が高等部、奥側が中等部となっている。その二つを繋ぐ校舎の中央に位置する通路に科学室や図工室などのいわゆる移動教室が配置されていて、放課後になればそれらは文化系の部室に変わる。
新学期になった事で、それらの部活が新入生歓迎会を行っているようなのだ。まるで文化祭のような盛況ぶりに、僕は思わず怯んでしまう。
やはりというか、高校一年生の大半は既に中等部からの部活を継続している様子だった。高一も中一も赤いラインの入った上履きを履いているが、どっちがどっちかは当然背丈で丸分かり。
二階の移動教室は理科室と美術室で、それらしき部員がHRを終えるなり中学生を呼びだして勧誘を始めた。さっき急いで教室を出たクラスメイトも、きっと似たような事をやっている。
一方、高一で部活を変えるつもりの人は見あたらなかった。
(でも僕、部活したくないんだよな・・・・・・)
僕個人の話として、良いニュースと悪いニュースがある。
悪いニュースは静杜(うち)がバイト禁止という事。中学三年生の頃は色々あって学校選びを親に任せてしまったが、まさか「バイトOKな所で」なんて言えず、校則で案の定禁止されていた。
そして良いニュースは部活動参加を強制されている訳でもないという事だ。
だから働いてお金を受け取る事は出来なくても、茅襟さんのカフェ「パラグラフ」に最大限入り浸り、時に「奉仕精神(おてつだい)」の名の下にただ働きする・・・・・・そんな帰宅部になればいい。
僕に今必要なのはお金ではなく生き甲斐だ。自分の思い通りに生きている「重心」を持つ人たちから、僕は自分自身の生き甲斐について学ばなければならない。
勿論生き甲斐という意味では部活に通うのも大切な事ではあるのだけど、僕の求めている物が部活動を通じて手に入るものだとは思えなかった。
集団の中に紛れるんじゃなくて、一対一の対話で得られる物が欲しい。
それとも茅襟さんみたいな・・・・・・いきなり本音で話してくれる人が何処かにいるんだろうか。
そんな事を考えていたから、中央通路を練り歩くような格好になっていた事に気づかなかった。
「備海君?」
声を掛けられたのはどの移動教室でもない廊下の継ぎ目。
顔を上げ、「ボーッと見て回ろうとしてただけです」なんて部活動勧誘を断る台詞を反射的に暗唱しようとした瞬間だった。
「・・・・・・あれ、甘木さん?」
よく見ると同じクラスで女子委員となったばかりの甘木結奥さんがそこにいた。
そういえばさっきの自己紹介で僕と同じ外部生、別の中学からやってきた受験組である事を明かしていた。となれば今日の突発的な部活勧誘に顔を出すのは自然な事だ。
ついさっき、陰口じみた事をしていた身としては顔を合わせるのも気が引ける。目を合わせると動揺が伝わってしまいそうで、僕は眉間を見る事にした。
「何の部活見てたの?」
「まだここの階を通りすがっただけよ。科学部と美術部、あとマジック愛好会なんてものも」
「愛好会?」
「ええ。空いた教室を部室代わりにしてるみたい」
いわゆる部費は降りない分、堅苦しくもならない集まりの事だろう。そういった何かの趣味で集まれるのが少し羨ましいと思ったりする。
「備海君は部活が決まっているの?」
「え、っと。まあまあ」
僕は思わずどもった。甘木さんは生真面目そうな性格をしているから、帰宅部志望と宣言したらお小言を食らうかもと思ったのだ。そしたら案の定、甘木さんは怪訝な表情をして少し距離を詰めてくる。僕は虚を突かれるのが苦手なのだ。
「嘘。決まってないでしょう」
「そんな事ないよ。ちょっと恥ずかしくて」
「・・・・・・・・・何か決めておかないと浮いてしまうと思うわ」
それは貴方もだよ、と心の中でツッコミを入れる。とはいえ彼女の言う事は間違ってない。
「折角だし一緒に見て回りましょう」本当は今すぐにでも帰りたいんだけど、とは言えなかった。
静杜の部活は全部で20。ちょうど体育会系と文化系が半々だ。
甘木さんは体育会系に入りたくないのか、それとも僕を気遣っているのか・・・・・・とにかく校舎の中で行われる文化系の部活を沢山巡った。これがどちらか片方が内部生ならまだしも、どちらも外部生なので事情とかはよく分からない。
当然の如く、そういった諸々の質問は全部甘木さんが勝手にやる。
「美術部は火曜日、金曜日・・・・・・土曜日も活動日なんですね」
「とはいっても街の写生を口実に、遊びに繰り出してるんですけどね」
部活って週に二日くらいなものじゃないのか。ましてや土曜日だなんて。
土曜日は午前中のみ授業がある、「パラグラフ」に向かう第一候補の曜日だ。絶対にそんなのやりたくないなあなんて思っていると。
「遊び、ですか?」
チクッ、とトゲのある言い方で甘木さんは眉を潜める。
先輩はウチは厳しくないよー、って言おうとしたんだろうけれど完全な逆効果だった。
「なに?なにか気になる事?」
「そういうのは良くないと思います」
「・・・・・・?」
「有り難うございます、先輩」
僕は強引に甘木さんの肩を掴んで引き離す。まだ甘木さんがヒートアップしない内に、案内役の先輩が呆気に取られている内に、外に出た。
こんな感じで甘木さんはことあるごとに些細な事に突っかかり、色んな人をムッとさせてしまうのだ。同じクラスとして今後色んな展開が大いに想像できてしまう。
もういっそここでお開きにしてしまおうと僕が先導して校舎一階に降りている最中の事。
「美術部は気に入らなかったの?」
「まあね。土曜日は用事あるし」
「そうだったの。どんな?」
「・・・・・・えーっと、家のお手伝いみたいな感じ、かな?」
ため息が出そうになるのを何とか堪える。僕はどうして余計な事を口走ってしまうんだろう。突っ込まれたらどうするつもりなんだ。
上階の盛り上がりが少しずつ遠ざかり、階段を降りる足音がハッキリと聞こえ始める。
放課後から少し時間が経ったこの時間に帰る人は少ない。何処となく喋る声が聞こえるものの、
玄関までの導線には人影がいない。辺りはちょうど図書室を通り過ぎたタイミングだった。
「甘木さんは何か入ろうと思っていた場所はあった?」
「文芸部・・・・・・かしら」
良く似合ってるなあと思う反面、なんだか他の人たちの空気を壊してしまいそうな気もする。というか文芸部なんて部員の皆さんには悪いが確実に日陰寄りの人だ。甘木さんはきっと真面目に純文学を読むあまり、討論をしてしまいそうな危うさがある。
この人はそういうのが気になるのだろう。僕がネタバレしてくれないと映画を楽しめないのと同じで、生真面目さに従わないとやってられない人。
もしくは、誤魔化すという事が出来ない人か。
「有り難う甘木さん、僕色々考えてみるよ」
HRから50分近く経っていた。いい加減僕はかつての約束を果たすべく、足が高等部の玄関口へと逸っている。そんな違和感を甘木さんはやはり、口で確認せずにはいられないらしい。
「・・・・・・帰るの?運動部は?」
「うん。ちょっと用事があってこれ以上は」
そういうと甘木さんは立ち止まり、体の方向だけを逆方向に変える。もしや図書室で自習などするつもりなのだろうか。まだ授業も始まってないようなものなのに。
「そうだったの、ごめんなさい」
ハッキリ言った方が良いと思えば、今度はビジネスマナーのように綺麗な角度で礼をする。
「急にそんな、謝らなくていいよ」
「いいえ。用事があったのなら先に聞くべきだったわ。今度から気をつけるわね」
端から見れば商談後の送り迎えのように見えるだろうか。
「それじゃあ、今度こそさようなら」
「う、うん。それじゃあまた明日」
(・・・・・・やりにくい人だな)
バカ正直、っていうのはこういう人の為の言葉なんだろうか。
なんとなく僕は、彼女が重心持ちなんじゃないかと疑い始めていた。
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