(3)力を入れるより、力を抜く方が難しい
「サトセン、新生活だけど彼女出来たー?」
「サトセン実家暮らしやめたー?」
「ああ~もう煩い煩い!おまえ等だって実家暮らしで彼氏や彼女やらいないだろ!」
「・・・・・・・・・」
何人か目線を逸らしたのは、無視を決め込んだ訳じゃないのだろう。
「え、本当に?」
1ーA担任の佐藤先生によるおどけた反応で辺りは笑いに包まれる。
静杜学園は小学生から高校生までが一貫の、男女共学校。
立地は住宅街を見下ろす小高い丘の中腹に出来ていて、栄えた駅でもないから人混みに揉まれる心配もない。つい最近新校舎に変わったらしく、学食がカラオケでよく聞くチェーン店のそれになっていたりと、穏やかな校風で過ごしやすいのが魅力だと思った。
そして何より、クラスメイトのほとんどが小学生からの幼なじみである事が静杜の自由な校風を確立しているらしい。担任の先生も既に面識があったりするのだろう、だから生徒も遠慮が無い。
高校一年生の四月、新学年の春とは思えないほどの打ち解けぶり。
そんな完成された空気感に、僕は置いていかれている。
僕は高等部に受験したいわゆる「外様」で、初等部の思い出も中等部の思い出も彼らとは共有してない。全くの新天地だ。
(・・・・・・あの人ならやるんだろうな、出たとこ勝負)
新学期にあたり僕は「魔女」からのアドバイスを有り難く頂戴したが、アドリブという最も縁遠い非情なアドバイスであり、僕自身の神経を逆撫でするだけで終わっている。
帰りのホームルームはボーッとしているだけで勝手に過ぎていく。話半分に聞いているクラスメイトの皆の話題は、今有名なドラマやJーPOPの何かで埋め尽くされている。
勝手な言い分だけど、こういう時は男子で良かったなと心の底から思う。僕はスマホゲームの攻略サイトを見ながら、同じようなクラスメイトがいるかを横目に確認。俯きがちなのはみんな男子だけで、女子はちゃんと顔を上げて話を聞いていた。協調性という面において、男子はそんなに厳しくない傾向にある・・・・・・と思う。
「さて、今日は帰る前に決めなきゃいけない事がある。クラス委員決めの時間だ」
先生の宣言に、方々から困惑の声が挙がっている。つまりは生け贄を決める時間。
中学校の頃クラス委員だった僕は苦い記憶を思い出した。移動教室で授業する度に最後まで残り、明かりを消して扉を閉める面倒な日々。
他にも遠足や文化祭などのイベントがあると行事の計画や運営をする。何気なく先んじて準備しておいた時に限って「そのレクやりたくない」と言われたとき等々。
「先生は別の仕事があるからさっさと決めてくれ、いいな。男女一人ずつだぞ」
先生は黒板に男子と女子、二人分の欄を書いて内職を始める。お前がやれよ、そっちこそ・・・・・・的なやりとりが発生しながら、男子と女子はそれぞれ会話を始める。
(・・・・・・まだ顔も名前も覚えてないって)
全員知らない人たちの会話はもはや電車内の雑音と遜色ない。1ーAの雰囲気は6:1:3に分かれていた。内訳は賑わっている6割と、参加してる風を装う1割と、我関せずな3割。
僕はこういう、何も決まらない時間――何かしなきゃいけないのに間延びした時間が嫌いだ。
僕にはかつて未来が見えていた。「誰か」が「何を」しているかという場面を検索できる未来視の力が備わっていた。他人の未来も見えたのだけど、大抵は自分の未来を見ていた。こういう時にどう振る舞えばいいのか、台本が欲しくなるからだ。
僕は基本的にハラハラするのが得意じゃなく、映画はむしろネタバレしてくれた方が見たいと思える程の小心者。こういう一つ一つの出来事が起こる度に「昔は有ったのにな」と思わずにはいられない。
理屈で考えたら賑わっている6割に一度挨拶すべきだ。そんなことはわかっているけど、そもそもクラス委員なんて面倒ごとは避けたいし、幸い周りからの注目は逸れているからこのままジッとしているべき・・・・・・。
――そんな風に僕が言い訳を並べ立てていた頃だった。
前方で一人の女子生徒が手を挙げた。僕と彼女は教室の一番右端の列で、彼女の方が前にいる。要するに後ろ姿しか見えない。弓道部でもやっているようなピンと張った背丈。うなじを隠す程度のサラリとした黒髪。手を挙げて教壇に向かって前のめりでさえある。もう見間違いようがない。
「私、やります」
突然の出来事に全員が固まっている。
(・・・・・・茅襟さん、いたよ。出たとこ勝負の人)
こういうので立候補する人って本当にいるんだなと、えらそうに感心してしまった。
「おっ、新学期早々積極的なのはいいぞ・・・・・・甘木さん!」
佐藤先生、縮めてサトセンが一瞬名簿を見た気がした。ほかに誰か立候補だの他薦だの無いかー、なんてサトセンが周りに呼びかけても対抗馬が生まれる筈もない。
「それじゃあクラス委員の女子は甘木さんに決定!」
話し合いが始まって3分そこらの電撃的決着。先生が教壇に上がるよう手招きをし、彼女は先に名前を書く。「
彼女が振り向くと、その第一印象はまさしく委員長といった感じだった。
見るからに堅物といったオーラを醸し出す切れ長の目と、冷たい印象を与える平坦な声音。表情も絵に描いたように動かず、時代劇の登場人物のように凛としている。
傍目には「いかにも」な人物に見えるので、もっと早く決められただろうと言いたい程だ。
「甘木さんは別の中学から受験してきたんだよな?」
「はい。なので皆さんから色んな話を聞き入れられるように頑張ります」
その受け答えもなんだか面接のように堅い。
インタビューチックなサトセンの質問でその訳を知る。さっきから1ーAのクラスメイトがやや引いてるみたいに盛り上がりに欠けているのはそういった理由か。
脳裏で茅襟さんの「ほら~」という声が聞こえてくる。
(備海君も受験組なのに自己紹介のチャンスを失っちゃったじゃない)
僕は人目もはばからず、耳の穴から出ていけといった風に頭を振った。
「よく立候補したな。頑張れよ」
「中学時代はクラス委員だったので、大丈夫だと思います」
僕は甘木さんから目が離せなくなった。どうして新しい高校に来てまで同じ轍を踏む?クラス委員ってそんなに楽しかったっけ?恨めしいかのように甘木さんの事を見つめていると。顔が険しかったのか、壇上に上がった甘木さんと目が合った。
(あ、ヤバ)
しばらくジッと見つめられたからか、そのまま今度はサトセンに目を付けられる。
「そういや・・・・・・備海も受験組だよな。お前もクラス委員やってたりしたか?」
多分僕や甘木さんがクラスで浮かないように気を配ってくれているんだろうけど、正直面倒だ。
「え、いやいや。やってないです」僕は煙を払うように手を振る。
本当のことを言うとやっていた、というより他薦でやらされていたけれど。達観してるとか落ち着いてるとか、沢山言われてきた。でもそれを自分の事のようにひけらかすのは恥ずかしい。
「流石にそう上手くはいかないか」サトセンが再び考え込むが、甘木さんは引き続き僕の方を見ていた。遠いから表情がしっかりとは読めないが、なんだか怒っているような・・・・・・気がする。
「・・・・・・よし決めた。おい鴨居、お前クラス委員」
「は?え、いきなり何で俺が!?」
「お前空手部だろ。こういうのは武道やってる奴が相場なんだよ」
「どこのっすか!おいサトセン!こんなの横暴だ!」
また別の男子生徒が一人、やいのやいの言いつつ壇上に上がる。
逆に鴨居という空手部男子は皆も知っている奴らしく、さっきよりも確実に多い拍手で迎えられる。「尻に敷かれるなよー」そんな事を誰かが言った。
途端、さっきまで僕に向いていた視線がキッと切り替わって当事者らしき人物の方を向く。
「・・・・・・っ」
ヤジをいれた男子生徒は思わず体を硬直させた。だんだん嫌な空気になっているなあ、と他人事のように僕は思う。同じクラスである以上あり得ないのだけど。
「それじゃ、クラス委員は鴨居と甘木に決定!みんなあらためて拍手」
サトセンはもしかして空気が読めないのか、それともあえて読まないのか。真相は定かではないが、もう今更取り消すなんて事は出来ない。
「それじゃあ早速、二人とも。委員長の最初の仕事よろしく」
「はい。それじゃあ・・・・・・起立!気をつけ、礼!」
クラスの雰囲気はHRの最初の頃とはまるで違い、沸騰したお湯に水を差したかのような静けさだった。
さっさとサトセンが教室を離れ、弛緩した空気が広がる。
HRが終わった後も、何人かは教室に残っていた。真っ先に部活に向かう人たちもいる中で、僕は少し時間を潰す。すぐに立ち上がると心象が悪いと思っているから。
事前に帰宅の準備をして「スタートダッシュ」を切るのは間違い。HRが終わって初めてタブレットミントを二粒口に含み、支度を始める。支度が終わっても口の中のそれが溶け終わるまで席は立たない。やるべき事を決めておけば、僕もこういう時間にのんびりする事が出来る。
クラスに残っている人たちのほとんどは、クラス委員男子の鴨居君の方に列を作っていた。女子も何人か混ざって思い出話に花を咲かせているように見える。
一方で甘木さんは淡々と支度を進め、席を立った。クラス委員になった外部生なのにいわゆる陽キャが彼女に話しかける付き合いも無い。教室の扉は開けっ放し。なんとなく甘木さんが廊下を出て後ろに通り過ぎていくまでを眺めていた。それから更に十数秒、たっぷり時間が経った後。
「はぁ・・・・・・これからどうしよっか」嵐の前の静けさが終わり、誰かが呟く。
ミントはまだ残っているけど、僕は強引に噛み砕く。未来が見えなくても、嫌な予感というのは大体当たる。
席を立ってさあ帰ろう、なんて僕自身に言い聞かせた時だった。
「あ、ねえねえ備海君」
不意にその集まりから声を掛けられる。全く話した事のない女子だ。私の名前分かる?とか聞かれたらどうしようかと思っていたが、やはりそういう話じゃ無くて。
「甘木さん、どう思う?」
それはあまりにも見え透いた意図。色んな感情が顔に出ていないか、僕は不安で仕方が無い。
たとえ未来が見えなくったって、答えは誰にでも分かる。
「・・・・・・ちょっと、息苦しいかもなって」
僕の返答を聞いてその人の表情がパアッて花開いた。人工的すぎて白々しいくらいに。
「そうだよね?いや、ごめんね。こんな事急に聞いちゃって。ありがとう」
僕はペコペコとお辞儀をしながら教室を出る。せっかくタブレット菓子を食べたはずなのに、嫌な息苦しさが胸中に渦巻いていた。
「・・・・・・はぁ」
面と向かって「嫌い」と言うのがダサいと思うのは分かるが、陰口も辛い。
僕はどっちかというと甘木さんの方に感情移入をしてしまう。パッと聞いた限りの情報でも結構親近感が湧いて、興味がある。
どうして内輪のノリを壊してまで委員を続けようと思ったのか。
過去の僕はこういった場面で未来視の能力を使い、「誰かが悪口を言う場面」の未来を見ることでおおよその好感度を探る事が出来た。でも彼女は僕では無いし、今の僕にもそれは出来ない。
(・・・・・・そういえば僕、こういう他人の事に干渉した事、無かったかもな)
折角そういう力を持っていたのに、他人を助けなかったからバチが当たったのか?
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