第26話 ただいま

 秘密のプレゼントの正体が分かって、一件落着! と思っていたら、宮下さんから家に連絡があった。


 どうやら、先代の手帳を持ってわたしと学に稲荷神社へ来て欲しいとのことらしい。


 多分、冥界でのことを色々聞かれるんだろうなぁ……。


 どうやって、乗り切ろうかとあれこれ考えながら、お父さんの車に揺られること十数分。うまく考えがまとまる前に稲荷神社に到着してしまった。


「こんにちは。昨日は本当にどうなることかと思ったよ」


 はにかんだ宮下さんの隣には、源一郎さんの姿もあった。


「先日はすみませんでした。一緒に探してもらって……」


 お父さんが申し訳なさそうに頭をぺこぺこ下げる。


「いえいえ、それよりお二人に聞きたいことがありましてね。ほら、自由研究でうちも協力しているでしょう?」

「そうらしいですね」

「そんなわけで、子供たちだけで来てくれるかな?」

「さあ、行っておいで。パパはその辺で待ってるよ」


 二人だけ、ということにお父さんは何の疑問も抱かないのか、そそくさと鳥居の向こう側へ行ってしまった。


 これじゃあ、お父さんの援護えんごは期待できないな……。


 重い足取りで社務所に入る。中は畳の和室になっていた。


「君たちは冥界に行った。ということで間違いないね?」


 なんだか警察の取り調べみたいで緊張する(ドラマでしか見たことないけど)。


「はい。そこでキツネのお面を被った女の子に、冥界のことは絶対に知られてはいけないと言われました」

「なるほど……。なかなか、信じがたい話だけど」


 宮下さんが苦い顔で言う。


 そうだよね……。普通、信じてもらえないよね。ところが


「いや、おそらく嘘ではない」


 と、源一郎さんがわたしたちの味方をしてくれた。源一郎さんには昨日から助けられっぱなしだ。


「源一郎さん、本気ですか?」

「わしは君の父親と長年研究してきた。冥界はおそらく実在する。祭壇の場所がずっと分からなかったが、で間違いないだろう」


 源一郎さんの言うとは、裏鳥居のことだ。


「しかし、あまりにも現実離れしすぎている。そんなのオカルトですよ」

「オカルトと言うがね。そもそも、我々の死生観しせいかんというのは……」


 源一郎さんと宮下さんのやり取りがしばらく続く。けれど、話している内容がほんとに日本語? ってくらい難しい。


 あくびが出るのを必死にガマンする。


 このままだと寝ちゃいそうだから、部屋にあるものを適当に眺めていく。


 なんて書いているのかよく分からない掛け軸。

 高級そうな壺。

 年老いた男の人がうつっている写真。


 ん?


 その写真にうつる老人の額には大きな傷跡があった。


 どこかで見覚えがあるような。


「あの写真って誰ですか?」


 指をさして聞いてみる。


「ああ、あれは先代。僕の親父だよ」


 宮下さんが答える。


 へぇ。先代ってあんな顔なんだ……。って、そうだ!


「思い出した! あの人、冥界で焼きそばの屋台をやってたんです!」


 わたしがそう言うと、少しの間を空けてから、源一郎さんが大笑いした。


「はっはっは! あの人の作る焼きそばは絶品だったからなあ。老後は祭りで焼きそばの屋台をやりたいと言っていた」


「確かに、親父の焼きそばはうまかったなあ」


 宮下さんはしみじみと言った後、


「親父のそんなことを知ってるなんて。流石に信じるしかないなあ」


 と苦笑いした。


「手帳は持ってきてくれたね?」


 源一郎さんは腰を上げると、手を差し出した。


「は、はい」


 相変わらずおどおどとしている学が、持っていた手帳を源一郎さんに手渡す。


「冥界のことを知っている人間はこの部屋にいる者だけにする。そのためにも、この手帳は焼いてしまおう」

「いいんですか?」

「ああ」


 わざわざ、焼かなくても……。


 なんてことを内心思ったけれど、これも再び冥界に迷い込んでしまう人があらわれないようにするためだ。


 社務所を出て、周りに燃え移りそうなものがない場所まで移動する。源一郎さんは砂利の上に手帳を置くと、ライターで火をつけた。


 ちりちりと燃えて、手帳の形が崩れていく。それを眺めていると、時間がゆっくりになったような感じがした。


「そういえば、通信機のことだがね」


 源一郎さんが口を開く。


「修理がそろそろ終わりそうなんだ」


 源一郎さんは冥界トランシーバーのことを神と会話できる機械だと思っている。


 だけど、わたしはトランシーバーから聞こえた声がおじいちゃんだったと知っている。つまり、あの機械は神様とはなんの関係もないのだ。


「修理が終わったらどうするんですか?」

「なんだか、どうでも良くなった」


 遠い目をしている源一郎さん。


「神に一言聞いてやりたかったんだ。どうして我々から大切なものを奪うのかと。でも、もういい。大切な息子は二度と帰ってこないんだから」


 ほんの数日前、わたしたちのことをとんでもない迫力で追いかけてきた人と同じ人には見えない。今にも倒れかけている枯れ木みたいだ。


 あれほど必死でトランシーバーを取り戻そうとしたのは、それだけ息子のことを大切に思っていたからなんだ。


「だったら、わたしが貰ってもいいですか?」

「ああ、自由研究でも何でも好きに使ってくれ」


 トランシーバーが戻ってきても、おじいちゃんやおばあちゃんとは話せない。でも、他の人とならまだ通信ができるかもしれない。


 この世界には二度と会えない人のことを想って、悲しい思いをしている人がたくさんいる。例えば、わたしのお母さんや源一郎さんみたいに。


 だけど、〝冥界トランシーバー〟を使えば、ほんとは二度と会えないはずの人たちと話すことができる。


 だったら、わたしはそれを誰かを助けるために使いたい。


 立ち昇るけむりを眺めながらそう心に決めた。

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