第25話 秘密のプレゼント

 気が付くと、わたしたちは裏鳥居にある石の祭壇の上にいた。ざらざらとした石の感触を膝に感じる。


 帰ってこれたんだ、無事に。


 安堵あんどの気持ちを胸に抱きながら、学と二人でゆっくり立ち上がる。


 すると、なぜかちょうど目の前に源一郎さんが目を丸くして立っていた。


「「ぎゃーーーーー!」」


 二人して、大声をあげて尻もちをつく。


「うわあっ!」


 源一郎さんも同じように、のけ反ってその場に倒れこんだ。


「ひ、日向ちゃんと学くんだね?」

「……そうですけど」


 以前追いかけられた時の鬼のような形相ぎょうそうとはずいぶん違っている。


「今、お前たちはここに突然あらわれた。つまり、か?」


 そういうこと、とはどういうことだろう?


 考えて、すぐに思い当たる。


 源一郎さんは先代の宮司さんと一緒に豊作の儀式を研究していた。つまり、あの手帳の内容を源一郎さんも知っているのだ。


「あの……冥界のことは他の人に言っちゃダメなんです。キツネちゃ……じゃなくて、冥界のエライ人が言ってました」


 源一郎さんが冥界のことを知っているのはヒジョウにまずい。キツネちゃんとの約束を破ってしまうことになる。


 でも、こんな説明で伝わるわけないよね……。


 と思いきや、源一郎さんは


「なるほど、分かった」


 とすぐに納得してくれた。


 相手が源一郎さんで助かった……。これがもしお母さんやお父さんなら、こうはいかなかった。


「お前たちの両親が近くを探しているからすぐに連絡する。二人ともこの林で迷っていたことにするぞ」


 言い訳まで代わりに考えてくれるなんて。源一郎さんって案外いい人なのかも?


 源一郎さんとともに雑木林を抜けてひらけた場所まで戻る。そこに現れたのは、お母さんでもお父さんでもなく、なぜか栞ちゃんだった。


「うわ~ん、ひなた~。死んじゃったかと思ったよぉ……」


 栞ちゃんはわたしに勢いよく近づくと、泣きながらハグをしてきた。栞ちゃんが泣いているところを見るのも、ハグされるのもはじめてだった。


「きゅ、急にどうしたの?」


 わたしは困惑して、なんとなく栞ちゃんの頭を撫でてみた。


「いなくなっちゃったかと思ってぇ……」

「大丈夫だよ。いなくならないよ」


 普段クールで口の悪い栞ちゃんがこんなになるとは思わなかった。


 なんというか……。意外な一面だ。


 そのすぐ後に、お母さんとお父さんもやってきて、同じようにわたしと学のことを抱きしめた。


 冥界ではおばあちゃんに抱きついて、こちらでは栞ちゃんや両親に抱きしめられて。なんだか、忙しい。


「こんな時間までどこ行ってたの!」


 お母さんは喜んでいるのか、怒っているのかよく分からない声で学に言った。


「ご、ごめんなさい……」

「ひなたも! 家にいてって言ったでしょ!」

「うう……。ごめんなさい」

「ほんっとうに、あんたたちは」


 汗やら涙やらでぬれたシャツはじっとりと生温かかったが、不思議と心地よかった。家族みんなが、ぎゅっと団子みたいに固まっていた。


 そんな感動的な場面の一方で、少し離れた場所にいた源一郎さん。となりにはいつの間にかやって来ていた宮下さんもいる。二人はこそこそと何かを話していた。


 冥界のこと、ちゃんと秘密にしてくれるかな?


 *


 長いような短いような旅から帰ってきた翌日。わたしは、秘密のプレゼントのヒントをお母さんに伝えた。


「そういえば、おばあちゃんから言われた秘密のプレゼントがあったでしょ?」

「ええ」

「あれがね。〝キツネの守衛さん〟ってのに関係するかも……って公民館の誰かが言ってた」


 流石におばあちゃん本人から聞いたとは言えない。


 わたしの言葉を聞いた瞬間、お母さんの目の奥がキラリと光った。何か心当たりがあるようだ。


「場所が分かったわ! おばあちゃんの家へ行きましょう!」


 ということで、お父さんの運転する車に乗り込んで、久しぶりに家族みんなでおばあちゃんの家へ行くことになった。


 おばあちゃんの家の中は、少しものが減った以外は昔と全く変わりがなかった。


 一直線に台所へと向かうお母さん。


「ここよ」


 お母さんが指さしたのは台所にある床下収納だった。


「昔、コンコン丸ってキャラのシールを家中に貼ったって話をしたでしょ? 結局、ほとんど剥がすことになったんだけど、ここだけはそのままにしてたの。中にあるものを守ってくれるキツネの守衛さんだからって」


 お母さんが言う通り、床下収納の蓋のところには、ずいぶん古いコンコン丸のシールが貼られていた。すごくボロボロで歴史を感じる。


 蓋を開けるとそこには、バケツや大きい鍋の他にピカピカと輝くブリキ缶があった。


「わっ、懐かしい!」


 お母さんはそれを手に取るとすぐに開けた。中には、赤くて大きな宝石のついた指輪と手紙が入っていた。


 無言のまま、その手紙を見つめる。そこに書かれている内容は横からだと読めなかった。けれど、それを読んでいるお母さんが静かに涙を流していたから、きっと大切なことが書かれていたんだろう。


 何が書いてあるのか気になるけど、いまは聞かない方が良さそうだね……。


 少し離れたところにいるお父さんは、お母さんのことを柔らかい眼差しで見守っていた。


 *


 帰りの車の中。


 だ、だめだ。あの箱はなんだったのか気になりすぎておかしくなりそう!


「ねえ、お母さん。それ、なんだったの?」


 わたしは好奇心をおさえられず、思いきって聞いてみた。

 

 助手席に座るお母さんの膝には、あのブリキ缶が大事そうに抱えられている。


「これはね、わたしが子供の頃に持ってた宝箱なの。まさか、まだ残ってたなんてね。しかも、あの指輪まで!」


 お母さんは宝箱から、大きな宝石の付いた指輪を取り出した。


「それ、すっごい高級品なんじゃないの?」

「ふふっ、これはただのガラス。でも、大きくなったらちょうだいねって約束してた」


 きらりと光る宝石はとても偽物とは思えないほどにキレイだ。


「たしか、手紙も入ってたよな」


 運転するお父さんが聞く。


「ええ」

「どんなことが書いてあったんだ?」

「それはねぇ……」


 お母さんは少しの間悩んでからお茶目な笑顔で言った。


「ないしょ!」

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