第23話 真相
わたしと学はしばらくの間、おばあちゃんの胸の中で泣き続けた。おばあちゃんが死んじゃってから三か月分の涙が一気にあふれ出たようだった。
「落ち着いたかい?」
「う、うん」
びちょびちょになった目元を袖でぬぐって、深呼吸をする。
「仕事の邪魔をしないで欲しいのだが?」
キツネちゃんは相変わらず機嫌が悪そうで、まるで子供っぽくなかった。
「この子らはわしらの孫なんや。どうにかして、元の世界に返してくれへんか?」
「この場所を知られた以上、返すわけにはいかない」
「そこをなんとか」
おじいちゃんは、ぱちんと手を合わせる。
「はぁ……。ここのことを絶対に、誰にも言わないと約束できるなら」
「ほんまか! よかったよかった」
おじいちゃんの口調は聞いているだけで、心が明るくなる。羅針盤さんとお話ししている時と同じだ。(羅針盤さんの正体はおじいちゃんだったから、あたりまえなんだけどね)
「良かったね、学!」
「うん……」
おばあちゃんの腕に抱き着いたままの学は、幼稚園の頃のように幼く見えた。
「それで、ここは一体どこなの?」
ずっと、抱いていた疑問。
「ここは
キツネちゃんが答える。めいかいという言葉を聞いてアカツキの決めゼリフ「単純・明快!」が頭をよぎる。
「めいかいっていう名前は知ってるんだけど、どういう意味なの?」
めいかいという言葉は学の残したメモにも書かれていた。
「
「はぇ……」
間の世界、と言われてもピンとこない。
「現世っていうのは、日向たちの生きてる世界のこと。あの世は生まれ変わりを待つ人たちのための世界。冥界はその間にある待合室みたいな場所っちゅうことや」
おじいちゃんが説明してくれる。
「それだったら、おじいちゃんたちはどうしてずっと冥界にいるの?」
「わしらはあの世に行って、生まれ変わりを待つのも面倒くさいから、冥界でのんびり過ごしとるっちゅうわけや」
面倒くさいって……。そんな簡単に言っていいものなの?
でも、お祭りが開かれるくらいだから、死後の世界も案外平和なのかも。おじいちゃんとおばあちゃんがそんな世界でのんびり暮らしていると思うと、心がじんわりと温かくなる。
「えーと、じゃあ、キツネちゃんは何者なの?」
次に聞きたいことはそれだった。
「誰がキツネちゃんだ! そんな名で呼ぶな!」
「だって、さっきおじいちゃんがそう呼んでたし」
「お前のような
「若造って! キツネちゃんの方が年下じゃないの?」
「言っておくが、私は1000歳を超えているんだぞ」
「あはは、面白いね!」
「冗談ではない!」
キツネちゃんはようやく少し子供っぽい雰囲気を見せた。
「キツネちゃんは、もともと何もなかった冥界で祭りを始めた人やからな。この辺りの人らはみんな
「そうなんだ」
キツネちゃんはどうやら本当にすごい人だったらしい。
「それから、聞きたいことがいっぱいあるんだけど。あの羅針盤はどういうことだったの?」
おじいちゃんに聞く。
「わしら冥界の人間は生前一番大切にしてたものを通して現世を覗けるんや。わしは羅針盤で、ばあさんはブレスレット」
現世を覗く……。新しいことを一気に聞きすぎて頭がパンクしそう。
「えーと、じゃあトランシーバーからおじいちゃんの声が聞こえていたのはどいういうことだったの?」
「あれはなんでかよう分からん。現世を覗いてるときの独り言がトランシーバーで聞こえてしもたらしいな」
分からないんだ……。
源一郎さんはあのトランシーバーのことを神と話すための通信機と言っていた。神っていうのは実は冥界にいる人たちのことだったんだね。
「あれ? じゃあ、おじいちゃんが一番大切だったものはマグカップじゃなくて羅針盤だったっていうこと?」
わが家のリビングに飾られているのはおばあちゃんのブレスレットとおじいちゃんのマグカップの二つだ。
「せやな。だから、ばあさんはいつもみんなの様子が見れるんや。ほんまに羨ましいわ」
おばあちゃんがいつもわたしたち家族のことを見守ってくれていたなんて。嬉しくて泣きそうになる。
そう言えば、前にリビングでトランシーバーから羅針盤さん以外の声が聞こえたことがあった。羅針盤さんの実験をしているときとたこ焼きパーティーをしている時の二回。あれってもしかして。
「ねえ、学。何回か、トランシーバーからおじいちゃんじゃない声が聞こえてたでしょ」
「うん」
「あれってさ」
「ああ、そういうことか! おばあちゃんの声だったんだ!」
学はおばあちゃんの腕に抱き着いたまま、目を見開いた。
「急に大声を出して、どうしたんだい?」
「い、いやなんでもない。こっちの話」
おばあちゃんの声まで聞こえていたことがバレたらキツネちゃんに怒られそうだから、黙っておくことにする。
「そ、それより。羅針盤が一番大切だったなんて知らなかったよ。向こうに帰ったら、すぐにリビングに飾ってあげるからね!」
「おお、嬉しいわ。あれは、ばあさんから貰ったものやからな。二人でよう山登ったなぁ?」
「ええ、そうねぇ」
おばあちゃんとおじいちゃんのやり取りを見るのは初めてだからなんだか新鮮だ。
「おじいちゃんこんなに優しくて面白いのに、おばあちゃんもお母さんも全然話してくれなかったじゃん」
今まで、わたしはおじいちゃんについて「頑固でこだわりが強い人」というくらいにしか聞かされていなかったのだ。
「頑固でこだわりが強い」って関西からこっちに引っ越してきたのに、ずっと関西弁を使ってたからってことか!
「そら、単純・明快! わしがかっこよすぎたからや。冥界だけに」
ぺろっと舌を出すおじいちゃん。相変わらず「単純・明快!」の言い方はアカツキに全然似ていない。
「そんなわけないじゃない。じいさんの話は色々強烈で上手く話せなかったの」
おばあちゃんが言う。おじいちゃんが相手だとちょっとシンラツなのかも。
「そのセリフで思い出したんだけど、名探偵アカツキのことを知っていたのはどうして?」
羅針盤はずっと引き出しの中にあったから、リビングのテレビを見ることはできないはず。
「ああ、それはばあさんから聞いたんや。ばあさんは、四六時中リビングの様子を見とるから、孫たちが最近はまってるアニメも知っとる」
「そうなの? おばあちゃん!」
おばあちゃんが名探偵アカツキを見ていたなんて! テンションが上がって、思わずおばあちゃんの肩を揺らす。
「そうだねぇ。日向も学も〝単純・明快〟ってセリフを何度も言ってたからじいさんにおしえてあげたの」
つまり、おじいちゃんはセリフだけ知ってて、アニメは見たことがない。どおりで似てない訳だ。
「わしも見たかったなあ」
「帰ったら、おじいちゃんも一緒に見ようね!」
「よっしゃ、ほんならはよ帰らなあかんな」
おじいちゃんは手をパチンと鳴らすと、キツネちゃんの方を見た。
「はぁ……。帰りたいなら、稲荷神社でもう一度儀式をするしかない。ついてこい」
ため息まじりなキツネちゃんの言葉に従って、わたしたち五人は稲荷神社へと歩き始めた。その道中、わたしは色々なことを聞いた。
この世界のお祭りは一年中やっていること。
冥界にいる人は、永遠に年を取らないこと。
のっぺらぼうはキツネちゃんが作った操り人形のようなものだということ(中身が綿で出来ているから、わたしのキックであんなに吹き飛んだのだ)。
若者はあの世へ行って生まれ変わりたいから冥界に残るのは自然とお年寄りが多くなること。
そしてなにより一番驚いたのは、わが家に伝わるたこ焼きパーティーを最初に始めたのがおじいちゃんだったということだ。考えてみれば、おじいちゃんは関西人だからナットク!
「キツネちゃんは、珍しく見た目は子供だけど、何か理由があるの?」
見た目は子供と言うことで、キツネちゃんを怒らせないよう気配りする。
「実は私は死者ではない。お前たちと同じで半分生きているのだ」
「えっ! そうだったの!」
「しかし、どうしてここへやってきたのか、今となっては何も思い出せん」
キツネちゃんは自分が何者なのかすら分からないのに、冥界に留まる人たちのためにお祭りを開いたりあげたりして頑張っていたんだ。そう思うと、さっきはひどい目にあったけど、根はいい子なんだと思う。
「キツネちゃんは年齢が1000歳くらいなんだよね」
そのとき学が初めてキツネちゃんに声をかけた。
「そうだが?」
「ということは、キツネちゃんは豊作の儀式が始まったきっかけになったあの子なんじゃない?」
以前、学が説明してくれたことを思いだす。
豊作の儀式のもととなった伝説。それは平安時代にとある少女が飢える家族のことを想って、お稲荷様にお祈りしたのが始まりなのだ。
儀式で消えた人が冥界へ行くのだとすれば……。
「豊作……」
キツネちゃんは歩みを止めて、ぽつりとつぶやいた。その言葉を口にした途端、目に輝きが戻った(お面で素顔は見えないけど、そんな気がした)。
「ああ。そうか、そうだった。思い出したよ。どうして、忘れていたんだろう」
「キツネちゃんは家族のことを思って、祈ったんだよ。だから、あなたはものすごくいい子だったんだよ」
1000年近くも冥界で過ごしたおかげで言葉遣いは大人顔負け。でも、身長からしてお祈りをした当時の年齢は学よりも下だろう。そんな幼い女の子が、たった一人で冥界に放り出されたのだ。そのことを思うと、胸がきゅっと苦しくなる。
「あぁ……。そうだ。父ちゃんも母ちゃんも、ほとんど骨みたいにやせていて、なのに少ないご飯を私にくれたんだ」
その場に座り込んだキツネちゃんはぐったりとうなだれて、しばらくするとすすり泣く声が聞こえてきた。その様子は、年相応の小さな女の子だった。
「つらかったね」
おばあちゃんがキツネちゃんに寄りそい、背中をさする。おばあちゃんの全てを包み込んでくれる優しさは、相手が血のつながっていない子供でも発揮されるのだ。
キツネちゃんは、さっきまでのわたしたちみたいに、しばらく声をあげて泣いていた。
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