第21話 大ピンチ!
焦げた醤油のにおい? なんで?
思いもよらないにおいが香ってきて、わたしの頭は混乱してしまった。さらには、知らない人の笑い声やたくさんの足音も聞こえてくる。
いったい、何が起きてるんだ?
おそるおそる、目を開けてみると、目の前に広がるのは参道。しかも見覚えがある。稲荷神社の参道だ。
んん?
ぽかんと口をあけて、立ち上がる。
参道の両端にはカラフルな屋台が連なっていて、大勢のお客さんたちでにぎわっている。
んんん?
境内の空き地に建てられたやぐらの上では、大太鼓を叩く大柄な老人が勢いよくバチを振っている。
「えっーーーーー⁉」
わたしは、あまりに予想外の光景に思わず大声をあげてしまった。すると、その声にびっくりしたのか、お祭りの会場にいた人たちの視線が一斉にわたしに向けられる。
「あ……。す、すいません」
小さく頭を下げて、背を丸くするわたし。
と、そこで、お祭りに来ている人たちが皆、おじいちゃんやおばあちゃんばかりなことに気づく。
子供がいないお祭りなんて珍しいなあ。
なんて、思いながら参道を進んでいく。
「めいかい」は死者の世界だから、もっと薄暗くてじめっとした場所かと思っていたけど、案外楽しい場所なのかも。
ソースのいい匂いに誘われて、焼きそばの屋台へ引き寄せられる。こんな時だというのに、お腹がぎゅーっと鳴る。夕飯をまだ食べていないせいだ。
「嬢ちゃん、焼きそば一つどうだい?」
鉄板とコテが、かつかつぶつかる音を聞いて、口の中によだれがたまってくる。
ダメだ! 学を探すために来たんだから!
「ご、ごめんなさい。お金持ってなくて……」
「そうかい、そりゃ残念だ」
見事なコテさばきを見せる屋台の店主は、額に大きな傷跡があった。年齢は七十歳か八十歳くらいに見える。
「にしても、嬢ちゃん見ない顔だね。新入りかい? 可哀そうに……」
可哀そうにって、もしかしてわたしも死んじゃったと思われてる⁉
「あっ、わたしはそのぉ……死んじゃったわけではなくて……」
わたしの置かれている状況をうまく説明できない。
「はぁ……」
不思議そうに首をかしげる屋台の店主。
「そ、その……。人を探してるので! おじいさんも元気でね!」
わたしは説明をあきらめて、その場から走り去った。背後から、店主の豪快な「おうよ!」という声が聞こえて少し安心する。
とにかく、わたしは学を連れ戻さないといけない。お祭りで遊んでいる暇はないのだ!
稲荷神社の鳥居をくぐって、住宅街へ入る。目的地はもちろん、おばあちゃんの家だ。ここからなら、歩いて二十分くらいで到着するはず。
と、そこで進行方向の先に誰かが立っているのを見つけた。
良かった、人がいた……。
ホッとするのもつかの間、様子がおかしいことに気づく。
青白い街灯に照らされたその人はお父さんよりもずっと背が高くて、手足がやたらと細い。そしてなぜか、スーツを着ていた。
どうしよう……。別の道から行こうかな……。
「う、うそでしょ!」
来た道を全速力で駆け戻る。
源一郎さんなんて比じゃないくらい、足が速い。このままだと、じきに追いつかれてしまう。
ぱっと振り返ってスーツ男を確認すると、奇妙な違和感をおぼえた。
なんと! 顔面がのっぺらぼうだったのだ!
間違いなく、普通の人間ではない。化け物だ!
あまりの恐怖に、走りながら涙がにじんでくる。
このままだと、スタミナ切れで捕まるのも時間の問題だろう。
どうする? 考えろわたし!
そこで、前からひそかに練習していた秘儀のことを思いだす。
源一郎さんに追いかけられているときは、使えなかったけど。
今回の相手は人間じゃないから……大丈夫だよね? 緊急事態だしさ。
心の中で必死にいいわけをする。
うん、そうだよね。やるしかないよね。
決心して、立ち止まる。
くるっと体の向きを変えて、のっぺらぼうに対面する。
ふぅー、と息を吐いて呼吸を整えてから、たたん、とリズムよく足を踏み出す。その勢いのまま地面に両手をついて、逆立ちのような格好になる。
体がのっぺらぼうの方へ倒れていくその途中で体を一気に縮こめて、ぐんと全身を伸ばす。
全体重ののったキックはのっぺらぼうの胸に直撃し、まるでアニメのように何メートルも後ろの方に吹っ飛んだ。
アカツキの得意技「側転蹴り」だ!
実はみんなに隠れて、練習してたんだよね!
吹き飛ばされたのっぺらぼうはぐったりと倒れたまま動かない。
少しだけ申し訳ない気持ちが湧いてきたけれど、こればかりは仕方ない。わたしは、倒れたのっぺらぼうを避けて、再び来た道を戻っていった。
ときおり、後ろを確認しながらおばあちゃん家へと急ぐ。のっぺらぼうは追いかけてきていないようで息をなでおろす。
しばらく走り、この角を曲がればおばあちゃんの家、というところまで来て、
「うわぁーーーー」
という学の叫び声が聞こえた。
のっぺらぼうに捕まっちゃったのかも!
もう一度「側転蹴り」をお見舞いしてやる気持ちで、角を曲がる。しかし、そこにいたのはのっぺらぼうではなく、ふわふわと空中に浮いている学だった。
「えっ? なにこれ、どういうこと?」
この世界は訳の分からないことばかり起きる。お年寄りばかりのお祭りに、のっぺらぼう、そして今度は宙に浮いた弟。
「お、おねえちゃん……」
ぷかぷかしている学は一見気持ちよさそうだが、その声は苦しそうだった。
急いで、近くへ走り寄ると、学に向けて手をかざしている人物が目に入った。
キツネのお面をつけていて、背丈はわたしよりも小さい。長い黒髪を三つ編みにしているから、女の子だろう。
「まさか、お前も……」
キツネの面を被った少女は透き通った声で言った。そして、かざしていた手をすっと元に戻した。その瞬間、学はドサッと大きな音を立てて地面に落下した。
「大丈夫?」
「うん。それより、どうしてお姉ちゃんが?」
「それはこっちのセリフだよ! 早く、一緒に元の世界に戻ろう」
「いやだ!」
学は小さい子供みたいに首を横に振る(まあ、実際に小さい子供なんだけど)。
「どうして? みんな、心配してたんだよ」
学の名前を叫びながら近所を
「だって……」
学は悔しそうな顔をして、うつむいてしまった。
「話は終わったかな?」
棒立ちで、わたしたちの様子を眺めていた少女は、その容姿からは想像できないほどの風格を放っていた。
「あなた、誰なの!」
「この世界の管理人、とでも言おうか。死者の世界にお前たちのような中途半端な者が混ざると困るのだ」
「死者の世界って……。わたしたちをもとの世界に戻して!」
「はぁ。この世界を知られた以上、返すわけにはいかん。すまんの」
少女はそう言うと、両方の手のひらをわたしたちへ向けた。
その両手が、ゆっくりとかかげられていく。それに従って、わたしたちの体は宙へと持ち上げられていく。そして同時に、全身を握られたように身動きが取れなくなる。
「ぐっ……」
助けを呼ぼうにも、声が出ない。だいいち、助けを呼んだところで誰も来ないのだ。それでも、
「た、助けて……」
という消え入るような声が無意識のうちに出ていた。
これから、わたしたちはどうなってしまうんだろう……?
体を締め付けられる痛みと、不安な気持ちが相まって呼吸が浅くなってくる。
その時、聞きなじみのある声が飛び込んできた。
「あかん! キツネちゃん、ちょっと待ってくれ!」
わたしは、その声の主が誰か分かっていなかったのに、聞いた瞬間安心して泣き出してしまいそうな気持ちになった。
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