第19話 稲荷神社の隠された歴史

 事件の解決から、早一週間。


 学は何かにとりつかれたように手帳と向き合い続けていた。


 時には、図書館から本を借りてきて、その本と手帳を交互に見たり。


 時には、お父さんやお母さんにスマホを借りて何かを調べたり。


 流石に全部学にやらせるのは悪いので「手伝おっか?」と言うと、「邪魔しないで!」と言われる始末。


 学からすれば、姉の自由研究を代わりにやってあげている、というより自分が楽しくてやっているんだろう。


 まあ、わたしは楽だからいいんだけどね。


 そんな感じで、やってきたとある日。


 学は


「だいたい、まとめられたよ」


 と自慢げににやりと笑って、わたしにノートを差し出した。


「おお、すごい! 見せて見せて」

「んまあ、こんな感じかなって」

 

 前髪をふぁさっとかき分けて言う学はずいぶんイキがっている。


 一瞬イライラが湧き上がったが、学はわたしの代わりに自由研究の大半を終わらせてくれたのだ。むしろ手を合わせて、拝むくらいじゃないと。


「ありがたく読ませていただきます……って、これほんとに全部学が書いたの?」

「まあね」


 そのノートはびっしりと文字で埋まっていて、ところどころに矢印や赤線が引かれている。


 でも……、これをわたしが読まなきゃなのか……。


 そんなわたしの心の声が届いたのか


「お姉ちゃん、分からないだろから、ぼくが説明するね」


 と、学が口で説明してくれることになった。


「……あ、ありがとう。お願いするわ」


 学には頭が上がらない。


「まず、平安時代の頃、この辺りにあった村で飢饉ききんが起きたの。飢饉っていうのは、作物が育たなくて食べるものがなくなることね」

「ほうほう」


 キキン、の意味を先回りして説明するとは、姉の扱いに慣れているな。


「そこで、とある少女が、お腹を空かせた家族のことを想ってお稲荷様にお祈りをしたんだ。すると、その少女は突然姿を消してしまった。代わりに次の年は作物がたくさん実って豊作になった」

「その女の子かわいそうだね……」

「少女の祈りは村を救った伝説として、代々語り継がれていったらしい」


 昔から伝わる伝説って案外本当の話だったりするのかも。


「百年近く経ってから、村がまた飢饉ききんにおそわれる。そこで村の人たちは代々伝わる伝説をもとに〝豊作の儀式〟を行なったんだ。でも、ここで事件が起きる!」

「なになに?」


 好きなことをしている時の学は舌がよく回る。


「村を挙げての儀式だったから、大勢の村人が集まって祈ったんだ。すると、なんと! その人たちがみんな消えちゃったんだ!」

「み、みんなが?」

「そう。そして、これは神様が怒ったせいだと考えた残りの村人たちは豊作の儀式を禁止にした」

「禁止? じゃあ、ここで話終わりじゃん」


 学の説明には、一向にキツネ様が出てくる気配がない。


「チッチッチ」


 学は指を振って、舌を鳴らす。


「実は隠れて続けられていたんだ。稲荷神社とは違う場所でね。それがどこなのかは手帳に書いてなかったけど。儀式には神様の力が必要だから、秘密の祭壇みたいな場所があったんだと思う」


 誰も知らない隠された儀式なんて、ちょっとかっこいいかも。でも……。


「キツネ様のことはまだ出てきてないよね」

「キツネ様の話は書かれてなかった」

「じゃあ、ダメじゃん!」

「でも、紐の話が出てくるんだ」


 キツネ様の都市伝説では、キツネのシルエットをかたどった紐が登場する。


「その隠された儀式では、お祈りする人のことを紐で囲うらしい。キツネの形ではないけど」

「うーん、確かに関係はありそうだけど……。それって、特別な紐なの?」

「いや、紐はなんでもいいらしい。これは、〝ハレとケ〟というのが関係しているって手帳には書いてるんだけど、ぼくもよく分からない」

「なるほどねぇ」


 学に分からないなら、わたしに分かるはずがない。


「ってことは。えーと、ポスターにはなんて書こうかな?」

「キツネ様の都市伝説は昔、稲荷神社が隠れて行っていた豊作の儀式がもとになっていたのだ! みたいな感じ?」

「はぁ……。ちょっと期待外れかも」

「お姉ちゃん、なんもしてないじゃん! 期待外れとはなんだ!」

「い、いや。わたしだって、インタビューとか色々頑張ったでしょ。学の代わりに」

「それはそうだけど」


 不服そうな顔をする学から、手帳の中身をまとめたノートを受け取る。それを見ながら、ポスターに書く文章の下書きを考える。


 それにしても、これでキツネ様の正体を解き明かせたと言えるのかな?


 公民館の遠藤さんが言っていた「おばあちゃんの秘密のプレゼントがキツネ様と関係してるかも」という話も解決していない。


「ちなみに、そのノートに書いてるのは、手帳の前半だけだから、もしかすると後半の方ににキツネ様のことが書いてるかも」

「えっ、そうなの? それ先に言ってよ。だったら、わたしもポスターの下書き作るのはもうちょっと後にしよっと」

「それ、お姉ちゃんサボりたいだけでしょ」

「ま、まさかぁ……」


 *


 それから三日後のお昼過ぎ。


 学は引き続き、寝る間も惜しむ勢いで手帳を読み進めている。


 しかし、昨日からなんだか様子がおかしい。思いつめたような顔で、手帳とにらめっこしているのだ。


 なにか、難しい内容が書かれているのかな? と、疑問に思っていると栞ちゃんから電話がかかってきた。


『やっほー。日向、元気?』

「元気だよ~。自由研究も結構進んでるし」


 進めたのはほとんど学だけど……。


『へ~、すごいじゃん。ちなみに、ずっと言ってる肝試しさ。今日なんだけど、ほんとに来ない?』

「すっごい誘ってくるじゃん。なんか、栞ちゃんがそんなに誘うの珍しいね」

『そ、そうかな?』

「栞ちゃんと遊ぶ時って、わたしから誘うことが大半だし」

『あ~、言われてみればそうかも』

「でも、肝試しは本当にムリ! ごめんだけど」

『はぁ……。そっか』


 栞ちゃんは珍しく弱々しい声を出す。


「もぉ、そんな落ち込まないでよ」

『落ち込んでは……ないけど』


 しょんぼりした栞ちゃんの顔が浮かんで、思わず口角が上がる。栞ちゃんにはこういうかわいらしいところもあるのだ。


 ふと、部屋の扉が開いたことに気づいて、そちらへちらっと視線をやると、学が出ていくところだった。


 そして、そのしばらく後、玄関のドアが開く音がした。


 学が一人でどこにいくんだろ……。


 疑問に思いつつも、その時は栞ちゃんとの会話が楽しくて、そんなことすぐに忘れてしまった。

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