第18話 トランシーバーが!

 頂上には最初の目的地だった、生乳を使った美味しいソフトクリーム屋さんがあり、数人が行列に並んでいた。


 口の中に広がる濃厚なミルクの味わいを想像して、よだれが出てくる。しかし、今はそんな場合ではない。


 広場を抜けて、稲荷神社へと続く道にやってくる。そこはさきほど登ってきたなだらかなハイキングコースとは違い、石の階段になっていた。それも特別に長いやつ。


 学はちゃんとたどり着けたかな……。


 急な階段を慎重に一段ずつ下っていく。もし、転げ落ちでもしたら間違いなく怪我ではすまない。


 全体の半分ほど降りたあたりで、ようやく終わりの部分が見えてきた。

 やっと、神社だ! と思うのもつかの間、飛び込んできた光景に息をのんでしまった。


 階段の最後の段から少し離れた位置に、ぐったりとうずくまる学の姿。


「う、うそでしょ、学!」


 わたしは焦る気持ちをおさえて、階段を駆け降りる。石段のところどころに、見慣れた色の金属のかけらが散らばっていた。


 わたしに気づいた様子の学は、振り返って、今にも泣きだしそうな顔を見せた。ひとまず、階段から落ちたというわけではなさそうで安心。


「学、なにがあったの?」

「え、ええと。これ……」


 学が手に持っていたのは、アンテナが折れ、フレームが真っ二つに割れたトランシーバーだった。コイルやスピーカー、白い石のような部品など、トランシーバーの中身が丸見えになっている。


「ど、どうしよう」

「とりあえず、宮下さんのところに行こう」


 詳しい事情を聞きたいのは山々だけど、すぐに学を立ち上がらせて神社の境内の方へと向かう。


 理由は簡単。背後から源一郎さんのカミナリのような声が降ってきていたからだ。


「通信機を壊したのか!」


 源一郎さんはここからでも分かるほど顔を真っ赤にしていた。


 これはまずそう……。

 わたしたちはそそくさとその場を去った。


 *


 少し進むと、前に訪れたことのある稲荷神社の社務所のあたりに出てきた。境内の中をうろうろと探していると、手水舎ちょうずやの拭き掃除をしている宮下さんを見つける。


「宮下さん!」

「ああ、君たち。そうだ、前に言ってた手帳と勾玉が見つかったらしいよ。さっき、町内会長の竹田さんから電話があってねぇ」


 汗だくで逃げてきたわたしたちの気持ちも知らず、のほほんとした調子。お父さんに似た何かを感じる。


「それ、見つけたの私たちです! それより、助けて下さい!」

「そうなの? いやぁ、ついこの間依頼したばかりなのに、本物の探偵みたいだね。って、助けて? どういう……」


 宮下さんは言い終えるより先に、わたしたちの背後に視線を移して納得した。


「源一郎さん、話は聞いてますよ! どういうことですか?」


 宮下さんは、持っていた雑巾を放り出すと、源一郎さんにすごすごと詰め寄っていく。


「ああ、君か。聞いてくれ。その子供たちがわしの……」

「手帳と勾玉の件。どういうことです?」


 どすの効いた声で源一郎さんの言葉をさえぎる。いつもの頼りない宮下さんからは想像できない。


 その気迫に怖気づいたのか、源一郎さんは口ごもる。


「ちゃんと、一から説明してください。最悪、警察沙汰ざたもありえますよ?」

「け、警察? ちょっと待っとくれ。わしはちゃんと許可を貰ってから持ち出したんだぞ?」

「許可? 出した記憶はありませんが」

「たしかに、その場ではなかったかもしれんが……」

「はぁ。まあ、持ち出したのはまだいいとして。子供たちを追いかけまわすなんて、どういうつもりです?」


 宮下さんは呆れたように腕を組む。


「その子らの持っていた通信機はわしが作ったんだ」


 源一郎さんが作った?

 どういうこと?


「これはお父さんにフリーマーケットで買ってもらったんです」

「ああ違うんだ。わしの作った通信機を嫁がフリーマーケットで勝手に売ってしまったんだ」


 嫁……ってことは、あの魔女みたいなおばあさんは源一郎さんの奥さんだったってこと⁉


「売ったのは親子連れだったと嫁は言っておった。だから、ここ一週間通信機を取り返すために公園なんかを探しておったんだ。昨日ようやく、公民館のあたりで見つけたのに逃げられた」


 前に図書館で聞いた不審者の話も、昨日追いかけてきた不審者も、両方源一郎さんだったんだ……。


 衝撃のジジツが続々と明らかになる。


「さっき、ハイキングコースでたまたま見つけたから、追いかけてたんだ。別に、捕まえてどうこうってわけじゃない。通信機を返して欲しかっただけで」


 返してほしかっただけ、なんてよく言うよ! 

 そんなフンイキじゃななかったでしょ!


「子供たちがどれだけ怖かったか分かりますか?」

「そ、それは……」

「源一郎さんは親父との仲がありますから、あまり大ごとにはしたくありません。そもそも、この子たちに探し物を頼んだのはわたしの責任でもあります」


 宮下さんのお父さんというと、稲荷神社の先代の宮司だ。


「だったら……」

「とにかく、一度この子たちの親御さんに連絡しましょう。携帯は持っていますか?」


 宮下さんがわたしの方を向いて言った。


「はい」


 子供ケータイを取り出して、お母さんに連絡する。


「手帳も勾玉もちゃんと言ってくれれば貸しましたよ?」

「ぐぅ……」


 すっかり意気消沈した様子の源一郎さんは背中を丸めてしゅんとしている。


「あの……。通信機って、このトランシーバーのことですよね?」


 学が消え入るような声で、ボロボロになったトランシーバーを差し出す。


「あぁ、こんなになってしまって」


 源一郎さんはそれを赤ちゃんをだっこするときのように、優しく受け取る。


「それ、中に入ってるの、うちの勾玉ですよね?」


 宮下さんがゆびを指して言う。真っ二つになって、ただの箱みたいになってしまったトランシーバーから、変な形をした白い石が見えていた。


「そう! そうなんだよ。稲荷神社の勾玉が大事なんだ!」


 球に両手を大きく広げた源一郎さん。いよいよヤバイ人じゃん……。


「そもそも通信機って何ですか?」


 宮下さんが聞く。


「この通信機は、神と会話するための機械さ!」

「はぁ……」


 怪訝けげんそうな顔をする宮下さん。


「鉱石ラジオは知っているかね?」


 とつぜん話を振られた学は緊張した様子で、首を横に振る。


「その名の通り鉱石を使って動くラジオなんだ。詳しい仕組みは……まあ、また今度話そう」


 説明が面倒くさくなっただけだよね?


「話を戻すが。稲荷神社に残された古文書には、森の神や大地の神、それからカマやクワなんかの農具の神と対話したとしるされている。そして、そのときに使われたのがこの勾玉なんだ」


 ということは、羅針盤さんは羅針盤の神だったってこと?


「つまりだね。この勾玉を使えば、神と話しができるはずなのだ!」


 神と話すって……。さっきから何言ってるのこの人。


 正直、わたしとしてはツッコミしかなんだけど、どういうわけか学と宮下さんは興味深そうに耳を傾けている。


「それで、実際に神と会話できたんですか?」


 宮下さんが聞く。


「かすかに誰かの声が聞こえていたから、あともう少しのところだったんだ。しかし、コイルの調整に時間がかかってな。やっと完成したと思ったら、嫁が勝手に持ち出して売ってしまった。本当に勘弁してほしい」


 肩を落としてうんざりしている源一郎さんを見ていると、ほんのすこし同情してしまう気持ちも芽生えてきた。


 その後は、源一郎さんと魔女みたいな奥さんとの喧嘩話をしばらく聞かされた。これなんの時間なの……? とみんなが気まずくなってきた頃にお母さんが到着する。


 てっきり源一郎さんのことを問いつめるのだと思っていたら、大笑いしながら「ナイスチャレンジ!」とわたしと学が褒められることになった。


 たこ焼きパーティー以降、お母さんは少しずつ昔の姿を取り戻してきている。

 そのこと自体は嬉しい。嬉しいんだけど……。


 今日のことに関しては源一郎さん、もっと怒られるべきだよね!


 そう思っていたら、後から合流した公民館の人たちにこっぴどく叱られる源一郎さん。それはもう、見ているこっちが可哀そうなくらい。


 なので、とりあえず今回のことは許してあげることにした。

 わたしはこころが広いからね!


 ともかく、そんな風にして「手帳・勾玉行方不明事件」は一件落着となったのでした。


 *


 家に帰ると疲れがドッとでてきた。


 宮下さんは気前よく〝先代の手帳〟をわたしたちに貸してくれた。学は早速それを開いて、じっくり読みこんでいる。


 トランシーバーは修理のために源一郎さんが持ってかえることになった(返金はちゃんとしてもらった)。


 今日は本当に長い一日だった。午前中、栞ちゃんとショッピングをしていたなんて信じられない。


 このソーダイなわたしの冒険の話を羅針盤さんに聞いてほしい。


 けれど、肝心のトランシーバーがなければそれはではなく、ただのでしかないのだ。


 ゆらゆらと健気に北を指し続ける針。


「ねえ、羅針盤さん」


 そう声をかけても返事はない。

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