第17話 源一郎さん? 不審者?

 家に着くと、すぐに部屋に駆けこむ。


「学! 手帳のある場所が分かったよ!」

「え? なに?」


 部屋で本を読んでいた学に大声を浴びせる。


「だーかーら、手帳! 見つかったの!」

「ほ、ほんとに⁉」


 学は目を輝かせる。手帳の情報をもとに自由研究を進めるのは学の得意分野だ。


「どこにあったの?」

「源一郎さんって人が持って行ったんだって。だから、いまからその人のところへ行くの!」

「ぼくも?」

「そりゃそうでしょ」


 嫌そうな顔をする学をなんとか説得して連れ出す。トランシーバーと羅針盤ももちろん持っていく。羅針盤さんに軽く事情を説明すると


『ようやった!』


 とゴウカイにほめてくれた。


 *

 

 住宅街の狭い路地の角にかまえる源一郎さん宅は、玄関前に小さな庭があった。

 そこには茎がぐねぐねと曲がった植物や、鉄パイプを組んだジャングルジムのような何かなど、いかにも怪しいアイテムが散乱していた。


「なにこれ……」


 学が眉をひそめて言う。


「源一郎さんは息子を亡くして、それから変なものを作ってるんだって」

「へー」


 奇妙なアイテムをよけて、玄関の前に立つ。


 ドキドキ。


 高鳴る鼓動をおさえてベルのボタンを押す。しばらく待ってみるけど、誰も出てくる気配はない。


「やっぱり留守か……」


 清水さんが電話した時に出なかった時点で予想はしていた。でも、いざ本当にいないとなるとやっぱり残念。

 

「仕方ないから時間つぶしでもしよっか。その内、帰ってくるだろうし」

「ええ? いないんだから、帰ろうよ」


 めんどくさそうな学を無視して、自転車にまたがる。


「近くに緑地公園があるでしょ」

「どこそれ?」

「学も一回いったことあるじゃん。おぼえてない?」

「さあ?」


 緑地公園にあるお花畑をわたしと学とおばあちゃんの3人で歩いたのは結構いい思い出なんだけどなあ。

 でもあれはわたしが低学年の頃だったから、学はまだ幼稚園か。だったら、おぼえていないのも無理はない。


「そこにソフトクリーム屋さんがあって、すっごくおいしいの。そこに行こう」


 緑地公園の裏手には稲荷神社があって直接つながっている。ソフトクリームを食べるついでに宮下さんにわたしの成果を自慢しに行こう。


 *


「えぇ……、ここ歩くの?」


 もはや、家の外ではずっとしているんじゃないか、というくらいおなじみの面倒くさそうな顔をしながら、学が言った。


「だって、この上にあるんだから」


 緑地公園の中にはちょっとした丘があって、そこにはハイキングコースが整備されている。ハイキングといっても少し傾斜のある散歩道というくらい。

 そして、目的のソフトクリーム屋さんは丘の頂上にあるのだ。


「ぜったい、もっと人通り多いところにお店出した方がいいでしょ」

「生乳を使った本格的なやつだから、分かりやすい場所だと行列がすごいことになっちゃうの」


 ただの想像だけど……。


「とにかく、行くよ!」

「はぁ」

『いやぁ、山登り久しぶりやなあ』


 羅針盤に通してある紐を首からぶら下げて、あたりの景色を見れるようにしてあげる。


 トランシーバーを片手にハイキングコースを歩いていると、変な人に思われそう。近くに人が来たらさすがに隠さないと。


「羅針盤さん、山登りしたことあるの?」

『そら、羅針盤なんやから、そのためのもんやろ?』

「たしかに、そっか」


 そういえば、おばあちゃんは昔よく登山に行っていたという話を聞いたことがある。年齢を重ねてからはあまり行かなくなったらしいけど。


 この羅針盤ももとはおばあちゃんの持ち物なわけだから、おばあちゃんと一緒に全国各地の山を登ってきたのかもしれない。


 ハイキングコースは木陰になっているおかげで、暑さは多少マシだった。


 、だけどね。


『ええ景色や。懐かしいわ』

「羅針盤さん、ここ来たことあるんだ」

『まあ……せやな』


 ちょっと歯切れの悪い回答を不思議に思っていると、後ろから大きな怒鳴り声が飛んできた。


「やっと見つけたぞ! わしの通信機を返さんか!」


 びくっとして、振り返る。

 

 白髪に丸眼鏡、そしてなぜか白衣を着ている老人が鬼ような表情でこちらへ向かって走ってきた。


 ちょうど、二つのコースが合流する地点で、彼はもう一つのコースを登って来たから気づかなかったのだ。


「うわっ、変な人だ! 源一郎さんって絶対あの人でしょ!」


 学がわたしの着ている服の裾を引っ張ってアピールする。お目当ての人物に出会えたというのに、思わず後ずさりしてしまう。それくらい、迫力がある。


 もし源一郎さんじゃなくて、ただの不審者だったら……。


「学、逃げるよ」

「え? なんで?」

「不審者かもしれない」

「いや、どう考えても源一郎さんでしょ」

「わ、分かんないよ!」


 言いながら学の手を握って、ハイキングコースを駆け登る。


「待たんか! 話を聞け!」


 跳ね上がる心臓を胸に感じながら、交互に足を踏み出していく。


 さいわい、不審者(いや、やっぱり源一郎さんなのか?)はさほど足が速くないようで息を切らしながら「待たんかと言ってるだろ!」と声を荒げている。


 しかし、それよりも息を切らしているのが学だ。


「はぁはぁ。し、死ぬ……」

「だから、運動しておけって言ったでしょ!」

「だって……」


 学に歩調を合わせていると、距離がどんどん詰まってくる。


「話を聞かんか! 通信機を返せば悪いようにはせん! 金なら返す!」


 こうなったら、ひそかに練習していたを使うしかないかな?

 いやでも、あれを使ったら相手がどうなるか分からない。そもそも、成功するかも分かんないのに。


 ああー、ダメだ!

 どうしよう!


 解決策を考えるために辺りを見回していると、ハイキングコースから少し外れた場所に穴の開いたフェンスを見つけた。おそらくこのフェンスの向こう側は頂上の広場につながっているはずだ。


「学、これ持ってあそこくぐって。近道のはず」


 わたしはトランシーバーと羅針盤を学に渡す。


「羅針盤さんも、安全そうな道を案内してあげて」

『分かった』

「でも、お姉ちゃんは?」


 心配そうに見つめる学の瞳をじっと見返す。


「わたしは大丈夫。回り道になるけど、もうちょっと行けば広場に出るから。学は先に神社へ行ってて」


 相手の目的はたぶんトランシーバーだ。

 

 つまり、それが手元になければ危険なことにはならない……はず。


 フェンスの方へと向かう学は、最後に名残惜しそうにこちらをちらっと見ると、小さな体格を生かして、穴をくぐっていった。


「おい! 通信機を持っていくな!」


 不審者が道を外れてフェンスの方へと歩き始めたので、行く手を阻む。


「待って! あなたは、源一郎さん……ですか?」

「ああ、そうだ」


 やっぱり、そうだったんだ。


 会いたかった人のはずなのに、わたしの足は小さく震えている。


「それより、どうして逃げるんだ。話を聞けと言っとるだろ」

「は、話し合いが出来そうな感じじゃなかったし……。わたしたちも源一郎さんを探してたんだけど」

「だったら、最初っから立ち止まらんか!」


 ひっ……!


 イマドキ、学校の先生でもこんな怖い顔で怒らないよ!


「手帳と勾玉を交流会の時に……ぬ、盗んだんでしょ?」


 なんとか、自分をふるい立たせる。


「盗んだとは人聞きが悪い。借りたんだよ。ちゃんと許可はとったぞ?」


 源一郎さんの言う通り、清水さんの話では一応持っていくときに声はかけていたらしい。結局は清水さん以外に聞こえていなかったけど。


「とにかく、その二つがなくなったってみんな大騒ぎなんです。稲荷神社へ行って、宮下さんとお話しましょう」

「ふん。かまわんが、話が終われば通信機は返してもらうからな」


 なんとか説得に成功して、ホッと一息。


 源一郎さんとの距離を空けつつ速足で頂上広場へ向かう。


「そんなに警戒せんでもいいだろう」


 ど、どの口が言ってるんだ!

 あんなこっわい顔で追いかけておいて!


 源一郎さんとは出会って数分だけど、キライな人ランキングの一位に決定です。

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