第16話 清水さんへインタビュー

 清水さんの家へ行く前に一度栞ちゃんの家に寄ることにした。


「あら、日向ちゃん久しぶりね」


 栞ちゃんのお母さんは目鼻立ちがすっとしていて、栞ちゃんとよく似ている。だぼっとした部屋着を着ているのに、すごくかっこいい。


「日向が清水さんに用があるんだって。だから、あたしもついていこっかなって」

「そうなの。でも、用事って?」

「自由研究でインタビューをするんです」

「ああ、自由研究ね。栞はまだテーマも決めてないのに。ねぇ?」


 冷静に問いかける栞ちゃんママの笑顔にちょっとぞくっとしてしまう。


「確かにそうだけど……」


 しかし、いつものことなのか栞ちゃんは特に気にする様子はない。


「日向が早すぎるだけじゃない? まだ夏休み始まって一週間くらいしか経ってないのに。毎年、夏休みの宿題をためてはあたしに泣きついてくる日向がなんでまた?」

「それは……」


 羅針盤さんが考えてくれたアイデアをそのまま採用した、とは言えない。


「き、きまぐれ?」

「ふーん」


 聞いておきながら、栞ちゃんは興味がなさそうにテレビの方へと顔を向けた。


 この二人、親子だからやっぱり似てるなあ。何がとは言わないけど、この……冷たい感じというか。


 まあ、栞ちゃんの優しさはわたしが一番よく知ってるけどね!


 *


 清水さんの家はわたしのおばあちゃんの家よりも古びた印象だった。


 ベルを鳴らしてから少し待つと、清水さんが出てきた。

 面長おもながで白髪交じりの清水さんは目つきがするどい。なんだから、怖そうな人だな……。


「おお、栞ちゃんじゃないか。どうしたんだい?」


 けれど、声は思いのほか柔らかい。

 人を見かけで判断しちゃいけないね。


「あたしの友達が聞きたいことがあるんだって」


 栞ちゃんのくだけた口調から、清水さんとはけっこう仲が良いらしい。


「神崎日向です。自由研究で聞きたいことがあるんです」

「自由研究? まあ、いいけど。どうぞ、あがって」


 玄関の中に消えていく清水さんの後について、わたしたちも家におじゃまする。


 玄関に上がった瞬間、線香のにおいと木のにおいが香ってきて、鼻の奥がきゅっとなる。おばあちゃんの家と同じ匂いだ。 この匂いをかぐとなぜだかすごく安心する。


「それで、何が聞きたいのかな」


 三人が居間に腰を下ろすと、清水さんが言った。


「自由研究でキツネ様のことを調べていて。えーと、話すとちょっと長くなるんですけど……」


 わたしがここに至るまでの流れは説明するのが少し面倒だった。


 ①自由研究でキツネ様の正体を調べることになった。

 ②図書館で見つけた雑誌に稲荷神社という神社が載っていて、そこへ行ってみることにした。

 ③稲荷神社の宮司さんから〝先代の手帳〟にヒントがあるかもと言われた。しかし、それは公民館での交流会の時に失くしてしまった。

 ④公民館の人たちへインタビューをしたけど、何も分からなかった。

 ⑤息抜きで栞ちゃんとショッピングへ行くと、栞ちゃんから「清水さんが交流会に参加していたかも」という話を聞いた。

 ⑥栞ちゃんに連れられて、今こうして清水さんにところへやってきた。


 とまあ、こんな内容をずらーっと説明した。


「はぁはぁ……。だいたいこんな感じです」

「あんた、大変だねえ」


 清水さんは苦笑いして、熱いお茶をすすった。


「栞ちゃんの言う通り、あたしはその交流会に参加したよ」

「うそ! 本当に?」


 思わず、敬語を忘れて言ってしまった。


「このあたりには、亡くなった人のずっと大切にしていたものを飾る風習があるだろう? この風習は稲荷神社と関係しているらしい。宮司の宮下さんがそんな感じのことを色々話してくれたよ」


 生前大切にしていたものを飾る風習。わが家のリビングにも、おばあちゃんのブレスレットとおじいちゃんのマグカップが飾られている。


「キツネ様のことは、何か言ってませんでしたか?」

「言ってなかったね。そもそも、キツネ様なんてただの迷信だろう?」

「かもしれないです……けど」


 キツネ様なんてただの迷信、と言われてしまうと何も言い返せない。


「でも、手帳を読んでみないと分からないでしょ?」


 隣に座る栞ちゃんが助けてくれる。


「ふっ。調べたいなら、調べてみりゃいいさ。手帳はたぶん、源一郎さんが持ってるよ」


 さらっと放たれた手帳のありか。


 わたしはしばらくの間、ぽかんと呆気に取られていた。


「な、なんで知ってるんですか⁉」

「あれは交流会が終わるあたりのころかな。ちょうど、あたしの近くに手帳と勾玉が置かれてたんだ。そしたら、会場にふらっと入ってきた源一郎さんがちっさい声で『借りてくよー』って言って持って行ったのさ。他の人たちは気づかなかったんだろうね」


「どうして、今まで言ってくれなかったんですか! 公民館の人たちも宮下さんもすっごい探してたのに」

「まさか、そんなことになってるなんて思わんさ」


 清水さんは頭をぽりぽりかくと、熱いお茶をすする。


 それにしても、源一郎という名前はどこかで聞いたことがあるような……。


「その源一郎っていう人は誰なんですか?」

「源一郎さんはなんというか、ちょっと変人でね。息子を若い頃に亡くしてから訳の分からないものを作り続けたり、変な研究を始めたりね。昔はいいお父さんだったのに……」


 研究、という単語を聞いて思い出した。源一郎さんは宮下さんのお父さんと一緒にこの地域の伝承を研究していた人だ。初めて宮下さんと会った時にそう話していた。


「あの人、いま何してるかねえ」


 清水さんは立ち上がると、固定電話の前に立ってボタンをポチポチと押す。源一郎さんに電話してくれてるらしい。


 しかし、受話器を持ちあげてしばらく待った後、ちいさく首をふった。


「出ないね」

「そうですか……」

「公民館にはあたしから連絡しておくよ。あんたはこれからどうするんだい?」

「わたしは……」


 これからどうしよう?

 せっかく手帳のありかが分かったんだから、自分の力で手に入れたい。


「源一郎さんの家の住所を教えてください!」

「はぁ、行くのかい? 止めといた方がいいと思うけどね」


 そう言われると尻込みしそうになる。


「い、行きます! わたしの自由研究ですから!」

「ああそうかい、まあ頑張りな」


 そうして、清水さんから源一郎さんの家の住所を聞き出したわたしたちは、清水さんの家を後にした。


「ねえ、日向一人で源一郎って人のところに行くの? 危なくない?」


 清水さんの家の前で栞ちゃんが心配そうに聞いてくる。


「学と一緒に行くから大丈夫!」


 それから、羅針盤さんもね。


「うーん。そこまで言うなら」


 栞ちゃんとはそこで別れることになった。栞ちゃんは最後まで、大丈夫かなぁ? って感じの顔をしていた。


 お母さんが最近心配性すぎて困ってたけど、栞ちゃんもけっこう心配性なのかも……。

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