第13話 調子にのってたかも……
わたしは焦って、居ずまいをただす。
「こんにちは、交流会を主催した遠藤です」
「こ、こんにちは。神崎日向です」
危うく、わたしの怒り顔を見られるところだった。冷や汗をかきながら、なんとか冷静さを保つ。どうせインタビューに参加しないので、学の紹介はしてあげない。
「前にうちのボランティアで来てくれた島田さんのところのお孫さんでしょう? 大きくなって」
前に参加したボランティアの時に遠藤さんとは一度会っているらしい。わたしは全く覚えていなかった。
島田と言うと、私のお母さんの旧姓だ。つまり、この人の言う「島田さん」とはおばあちゃんのことだ。
「おばあちゃんの知り合いですか?」
「ええ、島田さんとは仲良くさせてもらってねえ。ほんとに、まだお若いのに……」
おばあちゃんはわたしからすると想像もできないほどうんと年上だから、そんなおばあちゃんのことを若いと表現するのは奇妙な感覚だった。
「お母さんの様子はどう? お葬式のときなんて、ずいぶん
ショウスイ? 落ち込む、みたいな意味かな?
「は、はい。あれからずっと元気がないんです。おばあちゃんから秘密のプレゼントを貰う約束をしてたみたいなんですけど……」
「あらそう。秘密のプレゼントねえ」
遠藤さんは腕を組んで少しの間、何かを思い出すように考える。
「確か、そんなことを言っていたような気がするのよね」
「え! ほんとですか?」
「ええ、キツネがどうこうって」
キ、キツネ!
まさか、おばあちゃんの秘密のプレゼントにもキツネ様が関係しているの⁉
「それって、キツネ様のことですか?」
「さあ、そこまでは分からないわ。ごめんね」
「い、いえ、ありがとうございます!」
キツネ様の正体と秘密のプレゼント、そしてお母さんを元気づけること。全ては一つにつながっているのかも!
そう思うと、がぜんやる気が出てきた。
「それで、交流会のことなんだけどね……」
その後は遠藤さんから、交流会の説明を受けた。
その交流会は、宮司の宮下さんが稲荷神社の歴史を解説しながら、地元の人たちと交流をするという企画だったらしい。
参加者は勾玉を見学したり、手帳に書かれていたことについて話し合ったりした。
宮下さんから勾玉と手帳がなくなっていることを知らされたのは、宮下さんが神社へ帰った後のことだ。
普通、帰る時に確認するんじゃないの?
と思ったけど、宮下さんは少し抜けたところがあるらしい。確かに、稲荷神社で会った時も話すごとに頼りなさがにじみ出てきていたかも……。
「出入り自由の割とゆるい感じだったから誰が参加したのかもあいまいなのよね」
「そうだねえ。確か、清水さんと桜井さん、それから沢田さんは最初からいたと思うけど」
「途中から村上さんも来てなかったかしら?」
「ああ、そうだったね」
竹田さんと遠藤さんの二人が、互いの記憶を確かめ合うように話している。わたしたちはそれをただ黙って眺めることしかできない。会話の中に出てきた名前も、もちろん一つも知らない。
「わざわざ来てもらって申し訳ないけど、我々もよく分かっていないんだ。宮下さんとも改めて話し合って、警察に連絡するとか。まあ、色々考えないとね」
竹田さんの口から警察という言葉が出てきて、体がこわばる。誰かが宮下さんの持ち物を盗んだのだとすれば、それは自由研究どころの話ではなくて、れっきとした犯罪になる。
なんだか、話がおおごとになってきた。わたしたちが今この場にいることが、すごく場違いな感じがしてなんだか恥ずかしい。わたしなりに気合を入れてインタビューに臨んだけれど、やっぱり大人たちが
「だから、まあ……」
インタビューに答えてくれていた二人は互いに顔を見合わせると、言いよどんだ。
「そ、そうですよね。わたしたちにどうこうできる話じゃないですよね。あはは」
わたしは早口でそう言うと、勢いよく席を立つ。
「インタビューに答えてくれてありがとうございました!」
「いえいえ、とんでもない。自由研究、頑張ってね」
学の手を引いて
わたしは受付のおばあさんにお礼を言うと、すぐに公民館を後にした。
「なんか、上手くいかなかったね……」
駐輪場まで歩きながらつぶやく。結局、学はインタビュー中、一言も話すことはなかった。
「……」
まだ不機嫌な様子の学はじっと黙っている。無理やり連れてこられた上、何も成果がなかったわけだからこうなるのもしかたない。
ぎこちない雰囲気の中、トランシーバーのつまみを回して羅針盤さんの声が聞こえるようにする。
『なんや、落ち込んでるやないか』
「うん。なんというか、わたし調子に乗ってたかも」
『若いうちに調子乗っとかな』
「若いうち、って羅針盤さんいくつなの?」
『まあ、そこはええやないか』
羅針盤に年齢ってあるのかな?
でも、おばあちゃんの家に置いてあったくらいだから、わたしよりかなり年上なのは間違いない。
「これからどうしよう。完全に行き詰っちゃった」
宮下さんが持っていた手帳がなければ、わたしたちはどうすることもできない。他にヒントがありそうな場所や本を探すという手もあるけれど、また図書館へ行くことを思うと気分がのらなかった。
『どうにかなるやろ。夏休みは長いんやから。いったん、ぱーっと気晴らしでもしたらどうや?』
羅針盤さんは基本的にポジティブ思考なので、話していると気分が明るくなる。
羅針盤さんの言う通り、夏休みが始まってからまだ数日しか経っていない。その内、手帳が見つかるかもしれないし。でも、もし夏休みの最終日まで見つからなかったら……。
ダメだ、いまのわたしはすっごくネガティブ!
しばらく、自由研究のことを考えずに息抜きをしよう!
駐輪場から自転車を引き出す。自転車のペダルを踏みこむと、公民館が遠く小さくなっていく。そこで羅針盤さんが言った。
『誰か追いかけてきてないか?』
「えっ?」
わたしは自転車を止めて、振り返る。すると、確かに誰かが公民館の駐輪場の辺りから、こちらの方へ走ってきていた。
竹田さんでも遠藤さんでもない。誰だろう?
しかも、何か叫んでいるような……。
わたしの脳裏には「不審者」の三文字が浮かんできた。最近、不審者に追いかけられる妄想をしちゃうんだよね。
「やばい! 逃げよう!」
そう宣言して、自転車を発進させるとぐんぐん速度を上げていく。
「お、お姉ちゃん?」
慌てる学の声を背後に聞きながら、わたしは妙な心地よさを感じていた。
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