第8話 おばあちゃんの家
「……」
キツネ様の正体まであと一歩だったかも思うと悔しくて、言葉が出てこなかった。
「み、見つからないんですか?」
学は手をもじもじとさせながら言った。
「うーん。公民館の人たちにいろいろ聞いているんだけど、僕も向こうも仕事が忙しくてね。盗み……ではないと思うんだ。交流会に参加した人は知り合いみたいなものだしね」
宮下さんの自信のないようなあいまいな笑顔。
「あっ、そうだ。君たちが探すという手も……」
宮下さんは言いながら、だんだん声量がしぼんでいく。気まずそうな感じで手に持っていた竹ぼうきを握りなおした。
多分、「そんなことまで、小さい子供たちにやらせるのは流石に悪いか」なんてことを考えているんだろう。だけど、わたしはそんな宮下さんの提案にすがりつく気持ちで賛成した。
「わたしたちが代わりに調べます!」
せっかく手に入りそうなヒントをみすみす逃したくないという気持ちが半分、「聞き込み調査なんて本物の探偵みたいじゃん!」という気持ちが半分。
「そ、そう? ほんとに?」
「はい! わたしたちがやりますから!」
ずいずいと宮下さんに詰めよる。
「そんなに言うなら、お願いしようかな」
宮下さんはそんなわたしの勢いに驚いたのか、苦笑いを浮かべながら言った。
*
「学! あしたは公民館で聞き込み調査だよ!」
帰り道、わたしは興奮ぎみに話す。しかし、学はといえばあまり乗り気ではなさそうだ。
「ぼくだけ行かないっていうのは……」
「ダメに決まってるじゃん」
「えー」
クラスメイトと会うことすら嫌がる学のことだ。本で調べたり、家の中で実験をする分にはいいが、見ず知らずの人たちへの聞き込み調査となると気が乗らないのだろう。
「まったく、そんなじゃ、おばあちゃんも悲しむよ」
「ううっ」
学は変な声を出してうつむく。
「もう! そうやって、おばあちゃんの名前を出すたびに毎回泣くの? 大人になっても?」
「だから、泣いてないって!」
「はぁ……。そうだ、近くだしおばあちゃんの家、寄ってみる?」
「え?」
「だって、おばあちゃんが死んじゃってから、一回も行ってないでしょ?」
お母さんとお父さんは家の掃除やら整理やらで何度かおばあちゃんの家を訪れていた。しかし、わたしたちはなぜか行かせてもらえなかったのだ。多分、わたしたちが悲しむと思ったからだろう。
「鍵がないから、中には入れないけど」
「……」
「それとも、泣いちゃうから行けない?」
「なっ……。行くよ、行けばいいんでしょ!」
おばあちゃんというカードがあれば、学を操るのは簡単かもしれない。
*
おばあちゃんの家にはほんの数分で到着した。古びた木造の一軒家。玄関前の
外見は何一つ変わっていないのに、住人を失った家はどこか寂しげな表情をしている。そんな気がした。
最後にここへ来たのは、おばあちゃんが倒れる数週間前だった。お父さんの運転する車が家の前まで来ると、おばあちゃんはそれを見計らったように玄関から姿をあらわす。そして、
「よく来たねえ」
と毎回同じ言葉でわたしたちを出迎えてくれた。
おばあちゃんが亡くなってから、わたしはずっと不思議な感覚にとらわれている。それは、おばあちゃんとの思い出にぼんやりともやがかかったような感覚だ。
そのせいで、わたしはおばあちゃんのことをはっきりと思い出すことが出来ない。まるで誰かが蓋をしてしまったみたいに。
隣を見てみると、学は絶対に見逃せない何かを待つようにおばあちゃんの家をじっと見つめていた。
「あれ? 学、泣いてないじゃん」
からかうつもりで言う。しかし、反応がない。
「ねえ、学。聞いてる?」
それでも学は無反応でまばたきすらしない。
「え、大丈夫?」
なんだかその様子が不安で、学の肩をゆすった。
「ねえ……」
「ど、どうしたの?」
「最後におばあちゃんの家に来たとき、ちょっとだけ喧嘩しちゃったんだ」
学が急に語り始めた。何かが取りついたみたいでちょっと怖い。
「悪いことしちゃったなと思って」
「うん」
「だから次来たときに」
じわじわと学の瞳から涙があふれてくる。
「謝りたかったんだ……」
ぐちゃぐちゃに歪んだ声がわたしの耳にはっきりと届く。
「そっか」
わたしは、学の肩にそっと手を添えてみる。
おばあちゃんの家に来たのはなんとなくの思い付きだったし、号泣する学をからかう気持ちもあった。
でも、いざ学が涙で顔をぬらす姿を見ていると、とてもそんな気持ちにはなれなかった。
かんかんに照りつける太陽。
体から水分がなくなっちゃうんじゃないかと思うくらいに泣きじゃくる学。その隣で、わたしはこめかみを伝う汗を拭っていた。
どうしてか、涙が出てこない。そのことがなんだか少し悲しかった。
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