第9話 心配性のお母さん
「人様と関わるのなら話は別!」
お母さんが見たことのない表情で怒鳴るから、わたしはびっくりしたというより何が起きたのか分からなかった。こんなお母さんの姿を見たのは生まれて初めてだ。
「で、でも……。自由研究が」
わたしは、しゅんと小さくなった体でなんとか言い返そうとする。
「ダメなものはダメ! 何を調べてるか知らないけど、一人でできるものにしなさい!」
「まあまあ、ママ。一度ちゃんと話を聞こうよ」
お父さんが間に入って、
どうして、こんなことになったか。話はつい数分前にさかのぼる。
わたしと学の二人は〝先代の手帳〟と〝代々伝わる勾玉〟の捜索依頼を稲荷神社の宮下さんから引き受けた。
そして今日はその依頼を進めるため、公民館へ聞き取り調査に行こうと思っていたのだ。
案の定、学が
わたしは正直に昨日のことと、今日の予定を話した。
わたしとしては、「面白そうじゃない! 頑張りなさいよ!」と応援してくれるものだとばかり思っていたし、実際おばあちゃんが死んじゃう前のお母さんならそう言っていたと思う。だって、色んなことにチャレンジすることが何よりも大事だと教えてくれたのはお母さんなんだから。
しかし、わたしたちはリビングへと連行され、カミナリみたいなお母さんの声が家中に響いた。のんきにテレビを見ていたお父さんもびくっと体を跳ね上げるくらい。
そんなふうで、いまに至る。
「みんな一回座ってさ。ほら」
お父さんは椅子を引いてうながす。
「ほら、学も見てないでこっちきて」
はじめて見るお母さんの鬼のような顔を前にしてボウゼンとしていた学がそろそろとテーブルのほうへやってきて、席に着いた。
お父さんとお母さんが隣同士で、わたしと学がその向かい側。いつもご飯を食べる時の位置。
「さて、ママはどうしてそんなに怒ってるの?」
お父さんは会議を取り仕切るみたいに言う。
「公民館で聞き込みだなんて、子供だけですることじゃないでしょ? しかも、神社の人も関わっているらしいし。何か危ないことがあったら……」
そこまで言って、お母さんはうつむく。前までは心配性どころかちょっと雑なところさえあったのに。
「でもママ、何事もチャレンジだ! ってずっと言ってたよね」
お母さんを責めるように聞こえるけど、その声にはやさしさが満ちている。
「だ、だって。この子たちまでいなくなったらと思うと……」
お母さんは消え入るような声で言ってから、唇をかむ。
「大丈夫。いなくならないよ」
お父さんがお母さんの肩を抱いて、とんとん叩く。
次第にお母さんの顔つきが柔らかくなってくる。怒りはおさまってきたのかな?
とりあえずは一安心だけど、なんというか……。
二人の世界って感じでちょっと気まずいかも……。
変な空気になっていることに気づいたのかお父さんは急に手をパチンと叩くと
「よし! ママを元気づけるために久しぶりにたこ焼きパーティーをしよう!」
と、たこ焼きパーティーの開催を宣言した。
たこ焼きパーティーは毎月わが家で開催されていたコーレイ行事だ。元々はおばあちゃんの家で開催されていたのがわたしたちの家に受け継がれた、伝統あるパーティーなのだ!
しかし、おばあちゃんが死んじゃってからはしばらく中止になっていた。
ついさっきまで、どんよりとしていたリビングの空気が一気に明るくなる。きっと、おばあちゃんも家族が暗くなるのは望んでいなかったはずだよね!
「みんなで、買い出しに行こう! ほら、ママも一緒に!」
「ええ、そうね……」
そう言うお母さんの口もとは少しゆるんでいる。
「腕がなりますな~」
実は、わたしはたこ焼きの腕前には自信があるのだ。多分、家族の中では一番うまい。わたしの作る完璧なたこ焼きでお母さんを元気にしてみせる!
*
買い出しは、よく行く近所のスーパー。そんなに広くないけど、品ぞろえはいい。
「卵とたこ焼き粉は家にあるから……」
独り言を言いながら陳列棚の横を歩いていくお父さん。
私はその後ろをついていく。
お母さんと学は別のところを見に行っているらしい。
「必要なのは、タコと揚げ玉と……」
お父さんのその言葉は、わたしのたこ焼き職人としてのプライドに火をつけた。
「天かすね!」
こっちの方だと揚げ玉って呼ばれることが多いけど、わたしは本場へのこだわりがあるから関西流で天かすと呼ぶ。
「そうだった、そうだった。日向は流石だなぁ」
褒められて、思わず口元がゆるむ。
たこ焼きにまつわることであれば、たとえ相手がお父さんでも素直に嬉しい。
その後は、お母さんたちと合流して必要なものを買い物かごに入れていく。
タコ。天かす。紅ショウガ。それから6Pチーズ(時々、タコの代わりに入れると味が変わって最後まで飽きずに食べられる)。
買い物かごをお母さんに預けて、お会計を待っていると
「あれ? 日向?」
と聞きなれた声がした。
「栞ちゃん!」
栞ちゃんは買い物かごを持って、レジに並ぼうとしているところだった。なんだか、栞ちゃんとはおつかい中に出会うことが多いような気がするなあ。
「日向もおつかい?」
「いや、わたしは家族みんなで買い出し。これからたこ焼きパーティーするの」
「うわぁ、いいなぁー。わたしなんて夏休みなのをいいことに毎日のようにおつかいに行かされるんだから。ほんとサイアク」
栞ちゃんは相変わらず、不平不満がたまっているようだ。
「そういえば、今度由美たちと五人であの場所に肝試しに行くんだけど。日向も来る?」
由美ちゃんはクラスメイトの女子で、栞ちゃんほどではないけど仲がいい。それにしても、あの場所ってどこだろう?
「あの場所ってどこのこと?」
「えー、言うの? ちょっと、耳近づけて」
栞ちゃんは一瞬嫌そうな顔をした後、手招きをした。わたしはおそるおそる耳を近づける。
「
う、裏鳥居⁉
「ほ、ほんとに? 絶対止めた方がいいって!」
裏鳥居とは、学校の裏手にある雑木林の中にひっそりとたたずんでいる古びた鳥居のことだ。しかも、その雑木林はフェンスとフェンスの隙間を通らないとたどり着けない。まさに、知る人ぞ知るホラースポットなのだ。
「大丈夫だって。何かあったら、すぐに引き返すし。五人もいるんだから」
「でも、暗いのに小学生だけなんて」
「行くのは夕方だから、そんなに暗くないと思うの。防犯ブザーも持っていくから安心だって!」
どうしてそこまでして裏鳥居に行きたいのか、わたしには分からない。だって口にするだけで鳥肌が立っちゃうくらい怖いのに!
「裏鳥居では、闇の儀式が行われてるんだってさ」
ニヤニヤしながら話す栞ちゃんは明らかに怖がるわたしを見て楽しんでいる。
「もう! やめてよ!」
「ごめんって」
いたずらっぽく笑う栞ちゃんに本気で怒りそうになった。
「おーい」
レジの向こう側からお父さんが両手を大きく振って呼んでいる。
「お父さん呼んでるからもう行くね」
「うん、肝試し参加したくなったらいつでも言ってね」
「行かないよ!」
栞ちゃんは最後まで、わたしのことをからかうような態度だった。
けれど、小さく手を振りながら別れを告げたときの顔がちょっとかわいかったから今回は許すことにしよう。
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