第7話 お参りってどうするの?
初めて訪れた稲荷神社の入口には、
石畳の参道がすらっと伸びていて、いかにも神社! って感じのふんいき。
一歩足を踏み入れると、すっと背筋が伸びるような気がした。
鳥居の両端にはキツネの石像が置かれている。図書館で見た雑誌に載っていたのと同じだ。
『これは
「コマギツネ?」
『
「狛犬なら聞いたことある!」
羅針盤さんは神社にも詳しいらしい。
『せっかくやから参拝しとき』
さ、参拝……。学と目を合わせて黙りこむ。実は、わたしたちは
「なんだか、緊張してきた」
わたしたちが鳥居の近くで突っ立っていると、見かねた羅針盤さんが色々と説明してくれた。
『ええか。まずは
「オチョウズ?」
生まれてから一度も聞いたことがないし、何を意味する言葉なのか想像すらつかない。
『水が流れてる
「えーと、あれか」
立派な瓦屋根の下に四角い石の桶があり、そこにちょろちょろと水が流れている。わたしたちはかしこまった足取りでそこの前に立つ。
「で、なんだっけ? 身を清める?」
『そこのひしゃくで水をすくって、両手を洗う。それから口もゆすぐんや』
「へぇ~」
わたしたちは羅針盤さんの言った通りの手順をこなす。夏の炎天下のもと、三十分も自転車を漕いできたから熱くなった体に冷たい水がしみる。
「なんか、身が
「気のせいでしょ」
学の冷めたツッコミが刺さる。
「た、確かにそうかもしれないけど。気分が大事なんだって!」
こういう時に素直にはしゃいでくれればいいのに。
そんなんだから、学校でも友達いないんだよ。まあ、これは言わないであげるけど。
さて、いよいよ参拝の時間だ。鳥居の正面に見える重々しいふんいきの建物は
ぎこちない足取りで本殿にたどり着くと、お財布から十円玉を取り出して
垂れ下がっている縄を持ってゆらすと、鈴ががらんがらんと鳴る。
次はお願いごとをするんだっけ?
そわそわと学の方を見てみたり、賽銭箱の中をちらっと覗いてみたりしていると、羅針盤さんが参拝のやり方を教えてくれた。羅針盤さんにはお世話になりっぱなしだ。
『参拝するときは二礼二拍手一礼や』
「今、なんて言った?」
羅針盤さんから放たれた謎の呪文みたいな言葉。わたしには、全く聞き取れなかった。学も困ったように眉をさげている。
『ええか? まずは二回おじぎするんや。次に二回手を叩く。お祈りしたら、最後にもう一回おじぎや』
な、なるほど。やっぱり神様に挨拶するにはややこしい手順が必要みたい。
羅針盤さんの言った通り、二回おじぎをしてから、二回手をぱちんぱちんと叩く。そして、お祈りだ。
って、お願いごとはどうしよう!
緊張で考えてなかった!
やっぱり、「キツネ様の正体が分かりますように」かな?
いやいや、でもこういうのってもっと人生に関係することじゃないの?
「健康でいられますように」
とか
「受験に合格しますように」
とかさ。
うーん。少しの間悩んだ後、一番気がかりに思っていることをお願いすることにした。
お母さんが元気になりますように!
お祈りを終えると、最後にもう一度深々とおじぎをした。終わってから学と見つめ合って、なんだか訳もなく笑えてきた。
「はー、緊張した。よし! ここからがメインのミッションだからね」
気合を入れなおして、辺りを見回す。本殿から少し離れたところに木造の古びた建物があった。
「あそこに誰かいるかな?」
『そこは、
「羅針盤さんって神社で働いてる人の名前まで知ってるんだね」
『ちゃうちゃう、宮司っていうのは神社の一番偉い人で、巫女っていうのは……まあ、いろんなことをしはる女の人や』
「へー」
わたしが感心していると
「そんなの常識でしょ」
と学が口を挟んでくる。
あんただって、お参りのやり方を知らなかったくせに!
社務所の方に近づくとちょうど、中から着物をきた男の人が竹ぼうきを持って出てきた。
年齢はお父さんと同じくらいで意外と若い。アニメに出てくる神社の人といえば大体、白い髭を生やしたおじいさんだからそういうイメージを持っていた。
体系はすらっとしていて、ゴツゴツとしたお父さんとは正反対だ。
「すみません! 巫女さんですか?」
元気よく話しかけるが、口に出してすぐ巫女は女の人だということを思いだした。
「あはは、僕は宮司だよ。それに巫女さんは最近、雇っていないんだ」
宮司さんはのほほんとした笑顔で答えた。
良かった、優しそうな人だ……。
「す、すみません……。間違えました」
頭を何度も下げて、熱くなる顔を手であおいだ。
「あ、あの、こんにちは! わたしは神崎日向っていいます! 夏休みの自由研究でキツネ様の都市伝説を調べていて、聞きたいことがあるんです!」
気を取り直して、トートバッグからノートと鉛筆を取り出す。
「僕は宮司の宮下です。自由研究か、懐かしいなぁ。キツネ様の都市伝説? それってどんな話なの?」
わたしは宮司の宮下さんにキツネ様の都市伝説の内容を説明した。宮下さんはわたしの説明を真剣な顔で最後まで聞いてくれた。
「ははぁ、なるほどね。でも、お稲荷様は良い神様だから、地獄に連れて行ったりしないよ?」
「そ、そうなんだ……」
キツネ様の都市伝説は根も葉もないうわさでしかなかったのかな。だとすると、自由研究のテーマをまた一から探すことになってしまう。
せっかく、羅針盤さんからいいアイデアを貰ったと思ったのに!
すると、そんなわたしの気持ちが顔に出ていたのか、宮下さんが頬をかきながら苦笑いした。
「でも、キツネの形をした紐が出てくるところが興味深いね」
キツネ様の都市伝説には、輪っかの紐をキツネの顔の形にして目の前に置くという手順がある。
「僕の
親子で神社の宮司をしてるんだ……。
とか、源一郎ってなんだかイカツイ名前だな……。
とか、自由研究と全然関係ないことを考えてしまう。
「そのときに調べたことをまとめた手帳があるから、それを読めば何かヒントがあるかも」
良かった!
まだ何か調べようがありそう!
と、喜ぶのもつかの間、宮下さんの顔色がじわじわと悪くなっていく。
「あのぉ……。その手帳を見ることはできますか?」
もしかしたら、機嫌を悪くさせてしまったのかも。と思いおずおずとたずねる。
「いや、見せることは全然かまわないんだ。手元にあればね」
「な、ないんですか?」
「この間、公民館で交流会があって、そのときに持って行ったんだ。その手帳と代々伝わる
勾玉は知ってる!
去年、図工の時間に作ったやつだ!
でも、宮下さんの語り口からして、なんだか嫌な予感が。
「いやね。確かに、確認したはずなんだよ。僕のミスとは思えないんだ。うん」
カッコよく見えていた宮下さんがどんどんドジなお兄さんに見えてきた。
「なくしたの?」
わたしは小さな子供に語りかけるように言った。
「そ、そうなるね……」
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