第6話 いざ、稲荷神社へ!
一度家に帰って、お出かけの準備をする。持っていくのは学校用の手さげかばんじゃなくて、プライベート用のやつ。フリルのついたかわいい水色のトートバッグね。
「あんたたち、どこかいくの?」
リビングでテレビを見ているお母さんに聞かれる。目の下には軽いくまができていて、疲労感にあふれている。
「稲荷神社ってところ」
「それって近くなの?」
「多分、自転車で三十分くらいだと思う」
「なら、結構遠いじゃない。ついていこうか? 車があったら送ってあげられるんだけど」
今日は平日だから、車はお父さんが仕事で使っている。
「大丈夫! もう五年生なんだから」
「そう……。気を付けてね」
お母さんは心配そうに言う。前まではこんなに心配性じゃなかった。むしろ「いろんなことにチャレンジしなさい!」っていうのがお母さんの口ぐせだったのに。
「うん!」
お母さんを元気づけるためにわざと大きな声で元気よく返事をしてみる。けれど、やっぱりなんだがぎこちない。
お母さんがテレビを見ながら時折視線をやるのは、おばあちゃんとおじいちゃんの写真。
「行ってきまーす!」
なんだか、身長が縮んでしまったような気がするお母さんの背中を押す気持ちで、家中に響きわたる声で言った。
*
よしよし、バレなかった……。
そっとバッグの中を覗くと、そこには羅針盤とトランシーバー。
羅針盤には上のところに小さい穴が開いてあったので、そこにひもを通してネックレスみたいに首からさげられるようにしたのだ。
トランシーバーのつまみを少しだけ回して、自分たちにだけ聞こえるくらいの音量にする。
『おお、外に出るんは久しぶりやなあ』
羅針盤を首からかける。
『ええ天気やな。入道雲もあって、これぞ夏って感じや』
羅針盤さんはいろんなことに関西弁で感想を言ってくれるからちょっと面白い。
「羅針盤さんって、この街のことは詳しいの?」
自分の胸元でぶらぶらと揺れている羅針盤に向けて話す。
『そらぁ、めっちゃ詳しいで』
「だったら、道案内してくれる? 稲荷神社に行きたいの」
『おお、まかせとき』
自信満々な様子の羅針盤さんに対して、学はなにやら不安そうだ。
「ほんとに道分かるの?」
『大丈夫や』
「本当かなぁ?」
内気な学といつも明るい羅針盤さんは正反対の性格をしている。
自転車を漕ぎながらでも聞こえるように、トランシーバーの音量をMAXにする。
「じゃあ、しゅっぱつしんこー! いくぞ、オリバーくん」
気分はまるでアカツキ。ちなみにオリバーっていうのは、アカツキの助手ね。
「いや、ぼく助手じゃないから!」
学のつっこみを後ろに聞きながら、自転車のペダルを踏みこんだ。
*
自転車をこぎ始めて五分ほど。わたしたちの通う小学校を通り過ぎたあたりで、見覚えのある後ろ姿が見えた。
「おーい、栞ちゃーん」
栞ちゃんに追いつくと自転車を止める。それに合わせて、学の自転車も止まる。
「日向じゃん。どうしたの?」
栞ちゃんは手に買い物袋をさげている。多分、おつかいだろう。
「実は、自由研究のさ……」
栞ちゃんに自由研究のテーマが決まったことを自慢しようと思った直後、前かごに入れていたトートバッグの中から
『えらい、かいらしい子やな。友達か?』
という声が聞こえてきた。
まずい! 道案内してもらうためにトランシーバーの音量を上げてたんだった!
慌ててバッグに手を突っ込んで、つまみを回す。
「なに? 今の声?」
栞ちゃんは
「い、いやぁ。何かなぁ?」
なんとかごまかそうと努力していると、学が助け
「お姉ちゃんが最近、ラジオにハマってて」
ナイス! さすが、わたしの助手!
「そ、そうなの! ラジオを聞きながらの自転車も悪くないよ」
「ふーん。へんなの」
栞ちゃんは怪しそうに自転車の前かごを睨んだが、納得してくれたようだ。
「それより、その首にかけてる……」
「そういうことだから。またねー」
羅針盤の話をすると余計にややこしいことになりそうだったので、栞ちゃんの言葉をさえぎって、早々にその場から去った。
「ちょっと! おーい、日向~」
「ごめんね~」
すまない、栞ちゃん!
しゃべる羅針盤のことはトップシークレットで、たとえ相手が栞ちゃんであっても教えることはできないのだ。
冷や汗をぬぐいながら、羅針盤を首からぶら下げるのは危険だろうかと、すこし考え直していた。
*
栞ちゃんが見えなくなったあたりでトランシーバーの音量を再びMAXにする。羅針盤さんとなんでもない会話をときどき挟みながら、自転車を漕いでいく。
やたらと駐車場の広い公民館や、こじんまりとした美容院。隣の学区のさらに向こう側へ来たあたりから、知らない光景がだんだんと増えてきた。
「そろそろ、道案内よろしくね。羅針盤さん!」
『あいよ。次の交差点を左に曲がって……』
伝えられる道順の通りに進んでいく。すると、見覚えのある大通りにでた。
「あれ? ここ通ったことあるよね?」
信号待ちで横並びになった学に聞いてみる。
「うん。確かおばあちゃんの家のあたりだよ」
「そうだ!」
いつもは車の中からの景色だったから気づかなかったんだ。
でも、学の口からおばあちゃんという単語が出てきたということは……。
ちらりと、学の顔をのぞきこんでみると案の定、涙ぐんでいた。
「学、泣いてる?」
「な、泣いてないし!」
そう言って顔をそむけると、素早く目をこする。普段からこんな感じなら子供っぽくて可愛げがあるのになあ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます