第5話 図書館大捜査
前に図書館に来たのは去年の夏休みだから一年ぶり。
本が嫌いなわたしからすれば、図書館なんて読書感想文のために一年に一回だけやってくる場所。
けれど、学はここをよく訪れているみたい。机の上に重ねられている難しそうな本も大半はこの図書館で借りたものなんだって。
あんなにたくさんの本、わたしだったら絶対に読み切れない。
ちなみに、今年も夏休みの宿題として読書感想文が出されているから、キツネ様を調査するついでに本を借りる予定。
館内に入ると、冷気にふわっと包まれて生きかえる。
後ろについてきている学は周りをちらちらと見回している。背の低さも相まって小動物みたいだ。
受付近くの児童書コーナーを通り過ぎると、急に静かになる。
「こっちのほうに地元特集のコーナーがある」
クラスメイトがいないことを確かめられたのか、学はここぞとばかりにわたしのことを案内し始めた。
「ほら、ここ」
学の指さした先にはポツンと他から離れて置かれた本棚。「あなたの住む街を知ろう」と書かれたボードがぶら下がっている。
どれどれ、キツネ様のヒントになりそうな本は……。
って、難しい漢字ばっかり!
子供向けっぽい本なんて一冊もないよ。
「なんか、全部難しそうだね。どうする?」
小声で聞く。
学は眼鏡に手を当てて、一冊一冊じっと見定めている。
「さすがのぼくでも厳しいなぁ」
さすがの、なんて。偉そうだな……。
そう心の中でつっこむけれど、口には出さない。今ここで学の機嫌が悪くなったら、わたしはどうしようもないのだ。
「これなら、読めるかな?」
そう言って、引き出したのはこの街の名所を紹介する雑誌。
ペラペラとめくってみると、文章の他に写真も
最初から最後まで文字だけの本なんて読んでられないよ!
「キツネ様と関係のある場所なんてあるのかな?」
「どうだろ……」
とりあえず、近くにあった椅子に座って二人で雑誌をめくっていく。
すごく昔から生えている松の木だったり、歴史のあるお地蔵様。それからドウタクというのが見つかった場所なんかが紹介されている。
「あっ」
学のページをめくる手が止まった。開かれたページでは〝稲荷神社〟が紹介されていた。
「こ、これってなんて読むの?」
姉としてのプライドを捨てて質問する。
「いなりじんじゃ。いなりっていうのはキツネのことだよ」
「へぇ~」
確かに、写真には石で出来たキツネの像が映っている。言われてみれば、神社ってキツネのイメージあるよね。
「神社とキツネ様……関係あるのかな?」
「うーん、どうだろう。でも、今のところそれっぽいのはここしかないよ」
雑誌の残りのページも確認してみるが、キツネ様の都市伝説と関係しそうなところはやっぱり稲荷神社しかなさそう。
「この神社って、わたしたちでも行けるよね」
ページの端に書かれた小さな地図を見て言う。場所はちょうど緑地公園の隣。
緑地公園といえば昔おばあちゃんとよく歩いて行ったところだ。つまり、おばあちゃんの家の近くということになる。
おばあちゃんの家へはいつもお父さんの運転する車で行っていた。
わたしたちだけで向かうのは少し不安だけど……。でも、わたしも学も大きくなったし自転車なら三十分くらいで着くはず。
「よし! 実際に行ってみよう!」
現地調査なんて、探偵っぽい!
と、思わず大きな声を出してしまい、近くに座っていたおじいさんにキッと睨まれた。
す、すいません……!
読んでいた雑誌を棚に戻して、静かにその場から退散する。
*
受付のあたりを通り過ぎたところで学に声をかけられる。
「お姉ちゃん。読書感想文のやつ、借りるんでしょ?」
そ、そうだった! せっかく、いい気分だったのに!
「おぼえたし~」
棒読みで学に反抗しながら、児童書コーナーへ戻る。
「どうしよっかな……」
すぐに読めて、楽に感想文を書けそうな本。
本棚の前をうろうろしていると見かねた学がやってきた。
「有名なやつなら書きやすいかも」
「へー」
そう言われても、何が有名で何が有名じゃないかなんて分からない。そもそも、本なんて読書感想文の時にしか読まないし。
棚の下の方にある本を屈んで探してみる。
ダメだ、集中力が持たない。
目の前に並んでいる文字から現実逃避するように、近くから聞こえる話し声へと意識がうつる。
「近くで不審者が出たんですって。なんでも、公園で子供たちをじっと見てたんだとか」
「いやあね。うちの子供にも言っておかないと」
子供とともに訪れたお母さん同士だろう。児童書エリアは、多少騒がしくしても怒られない。そのせいか、お母さんたちが交流する場所にもなっているらしい。
「最近は物騒だし、気を付けないとねえ」
学校でも、たまに先生が不審者のことを伝えることがある。けれど、わたしは不審者なんて見たことがない。この街は優しい人が多いし、怖い目にあったこともない。
でももし、怪しい人に出会ったらどうしよう?
やっぱり、走って逃げるしかないよね。
わたしは足が速いから逃げ切る自信があるけど、もし学も一緒だと追いつかれるかも。学は頭はいいけど、走るのが遅い。というか運動全般が苦手だ。
家の玄関にある縄跳びなんていつまで経ってもピカピカのままだし。
「不審者に追いかけられた時のために、学も走る練習しておいた方がいいよ」
「なに、急に? いま、関係ないじゃん」
心配して言ってあげたのに!
とは思うものの、学の言うことはごもっともだ。
「これとかいいと思う」
学から一冊の本が差し出された。〝星の王子さま〟というタイトルの小説だ。
「これって、有名なの?」
「うん」
「へぇー」
本を手に取って、表紙を眺める。丸くてごつごつした岩みたいなものに金髪の男の子が立っている。
「これ、面白かった?」
学に聞く。
「実は、まだ読んだことないんだ。読み終わったら貸してよ」
「そうなの? もしかして、自分が読みたかっただけなんじゃ」
「べ、別にそういう訳では……」
分かりやすく目をそらす学のことをじっと睨む。
しかし、学はそんなわたしの視線を無視して、カウンターの方へと歩いていく。その手には何冊かの本が抱えられている。
机の上にはまだ山積みの本があったのに、あんなに借りて読みきれるの?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます