第3話 関西弁の羅針盤

「あんたは工作作るだけでいいから楽だよね~」


 頬杖をつきながら、弟のまなぶに言う。学は早速机に向かって夏休みの宿題に取りかかっているようだ。


 夏休みは明日からなのに、もう宿題に手をつけるなんて信じられない!


「ぼくは工作よりも調べものの方が好きだから、早く五年生になりたいな」

「えぇ? ほんとに? そんな人間この世にいるんだ」

「大げさな……」


 弟は疲れた会社員みたいに小さくため息を吐いた。やっぱり、三年生とは思えない。


「自由研究のテーマは思いつかないし、トランシーバー事件はナゾのままだし、お母さんは元気ないし。お先まっくらだ~」

「お姉ちゃんは全部大げさなんだって」

「だって、そうでしょ? やることが多すぎると頭がバクハツしそうになるもん」

「だったら、順番に一つずつ片付けていけばいい。トランシーバーのこととかね」


 学はニヤリと笑って、引き出しからノートを取り出した。


「なに? なにか分かったの?」


 学のことだから、きっと何か新しいジジツが判明したに違いない!


「まずは、昨日のあの時間に放送されているラジオ番組を分かる範囲で調べてみた」

「そんなことできるんだ!」

「お父さんからスマホを借りてね。ちょちょいって」


 学は得意げに眼鏡をクイッと上げる。こういう時は結構かっこいいかも。


「で、どうだった?」

「それっぽい、番組はなかった」


 一瞬、部屋が静かになる。


「え? つまり?」

「何も分からなかったってこと」


 やっぱり、さっきのなし!

 全然かっこよくない!


「はぁ~、期待して損した!」

「しょ、しょうがないじゃん。実験も全然できてないし、トランシーバーの仕組みもよく分かってなかったし……」


 学の言い訳を無視して、引き出しからトランシーバーを取り出す。


 デザインはすごくかっこいいのになぁ。あのカイキ現象さえ起きなければ……。


 いや、待てよ。


「そうじゃん! 自由研究でこのトランシーバーのことを調べたらいいんだ!」


 わたしって天才かも!


 昨日はたしか、机の引き出しを開けたら声がはっきり聞こえるようになったよね。


 あの時と同じように、トランシーバーを引き出しの中に近づけてみる。すると、ザザっと一瞬音が聞こえた直後、再びあの声があらわれた。


『おお、今日は何をお探しで?』


 トランシーバーから聞こえるのは関西弁のイントネーション。昨日とまったく同じだ。


「やっぱり、引き出しを開けると声が聞こえるんだよ!」


 未だにぐちぐちとひとりごとを続けていた学に話しかける。


発信源はっしんげんが引き出しの中にあるってこと?」


 わたしと学は顔を近づけて、二人して引き出しの中をのぞきこむ。


 短くなった鉛筆や、まだギリギリ使えそうな消しゴム。去年ハマっていたキャラクターもののシールに、ヘアピンやヘアゴム。


『おお、二人ともなって』


 トランシーバーが言う。


ってどういう意味?」


 学に聞いてみる。


「関西弁でかわいいって意味だったと思う」

「へぇ~」


 本当に学はなんでも知ってるなあ。って感心している場合じゃなかった。


 トランシーバーから聞こえる声のぬしは明らかにわたしたち二人のことを話している。


『え? なんや? こっちの声が聞こえとるんか?』


 なんとなく動揺しているような声。


「き、聞こえてまーす」


 わたしは引き出しの中に向けて、ささやいてみる。


『なんやそれ。どういうこっちゃ?』

「いや、こっちが聞きたいよ!」


 関西弁のせいで、思わず漫才師みたいにつっこんじゃった!


「どうなってるの……」


 学は信じられないものを見ているかのように、目頭をおさえる。


 引き出しの中のどれかに魂が宿ってる……みたいなことかな? 


 そう思って、ガサガサと引き出しの中にあるものを一つずつ手に取る。


 すると、羅針盤を持ち上げたとき、


『おーい、あんまり乱暴にせんでくれ』


 とトランシーバーから声がした。


「これだ!」


 この羅針盤は、わたしが小学校に入ってすぐの頃、おばあちゃんから貰ったものだ。


 当時、わたしは海賊のアニメにハマっていて、宝物探しごっことしょうして、おばあちゃんの家のタンスを片っ端から開けていた。この羅針盤はその遊びの最中に見つけたものだ。


 おばあちゃんにおねだりすると、少しの間悩んでから


「大切にするんだよ?」


 と言って私にくれた。


 こうやって思い出すと、まるでわたしが悪い海賊で人からモノを奪ったみたい……。


 羅針盤を目の高さまで持ち上げて、くるくると確認する。


『目ぇ、回るからやめてくれ~』

「やっぱり! 羅針盤の声がトランシーバーから聞こえてるんだよ!」

「し、信じられない……」


 学は隣で目を丸くしている。


 これはものすごい大発見かもしれない! 

 しゃべる羅針盤なんて世界中どこを見渡しても絶対に見つからないよ!


 栞ちゃんもクラスのみんなも、学校中の先生もびっくりして腰を抜かすかも。


「自由研究のテーマはこれにしよう! しゃべる羅針盤!」


 みんなからチヤホヤされる場面を妄想していると横から冷静な声が飛んできた。


「そんなこと、信じるわけないって」


 学はなぜか怒っているようだ。


「でも、ほんとうのことじゃん。実際に羅針盤とトランシーバーを持っていって、見せたらいいんだよ」

「そうしたら、トランシーバーから自分で作った音を流してると思われるだけだよ! お姉ちゃんは嘘つきって言われて、みんなから嫌われちゃうんだ!」

「ねぇ! なんで、そんなこと言うの!」

「だって、そうじゃん! しゃべる羅針盤なんて科学的かがくてきじゃない!」


 カ、カガクテキ? そうやって、難しい言葉を使ってわたしを言いくるめようとして! 

 わたしの方が年上なのに!


『まあまあ、二人とも喧嘩せんとってくれ』

「「だまってて!」」


 羅針盤に向けられた二人の声がかさなる。


『か、かなわんなあ』


 羅針盤の声は困ったようなあきれたような感じだった。ちょっとまぬけな声を聞くと怒りがうすれてきた。学も同じようで、さっきよりは少し表情が柔らかくなっている。


「はぁ。ごめんね、言いすぎた。羅針盤のことを自由研究にするのはやめるね」


 完全に納得した訳じゃないけど謝る。いつまでも怒っているなんて子供っぽいし、わたしは姉なんだから。


「ぼ、ぼくも言い過ぎた。ごめん……」


 気まずい沈黙がやってくる。トランシーバーからは咳払いのような音が聞こえる。羅針盤にも気まずいって気持ちが分かるんだ……。


『なんや、よう分からんけど、このことをあんまり人にばらさんでくれるか?』

「えーと、羅針盤がしゃべるってことを?」

『そうや、こっちにも色々とジジョウがあってな。ほんまは君らともしゃべったらあかんのや』

「そうなんだ」


 羅針盤はモノでわたしたちは人間だ。なんというか、種族しゅぞくを超えてお話をすることは禁じられているのかもしれない。


「分かった。これはわたしたちだけの秘密にしよう」

「うん」


 学はすねたような態度で、小さく頷いた。


『それで、なんや? 自由研究でなんか調べるんやろ?』


 羅針盤が世間話みたいに自分から話し始めた。本当は話しちゃダメなんだよね? その割におしゃべりが好きそうだけど。


「そうなの。身近なものを調査するっていう自由研究」

『ほんなら、キツネ様とかどうや?』

「えぇ⁉ 羅針盤さん、キツネ様知ってるの?」


 羅針盤にも〝さん〟をつけることにする。


『そら、知っとるよ。前に話しとったやろ?』

「前に……っていつ?」

「一年前くらいやったかな」


 どうやら、羅針盤さんはずっと引き出しの中でわたしたちの会話を聞いていたらしい。


 暗い引き出しの中で、羅針盤さんはどんな気持ちだったんだろう?


 おばあちゃんにおねだりしてまで貰った羅針盤。大切なもののはずなのに、しまったままにしていた。


 おばあちゃんにも羅針盤さんにも申し訳なくて、ちょっとハンセイ……。


「でも、都市伝説を調べるなんてどうしよう」


 学はまだ不機嫌そうに机に向かっている。 ちらちらこちらを横目で見ているから、たぶん興味はありそう。

 まったく、もっと素直になったらいいのに……。


「ねえ、羅針盤さん、何かいい案ない?」

『そら、単純・明快! 図書館に行ったらええんや!』

「えっ! 羅針盤さん、名探偵アカツキも知ってるの⁉」


 「単純・明快!」はアカツキの決め台詞だ。言い方はあんまり似てないけど。


『そら、なにわのアカツキやからな』

「あはは、何それ。へんなの!」

『そうか?』


 そんなわけで、魔女から買ったトランシーバーのおかげで、関西弁を話すヘンテコな羅針盤と会話できるようになってしまったのです。こうやって、説明するとすっごく変な感じ。


 ちなみにこの後、学にこっそり「なにわ」の意味を聞いたのはナイショね!

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