第2話 栞ちゃんともやもや

「明日からの夏休み、くれぐれも体調に気を付けるんだぞ」 


 トランシーバーから謎の声が聞こえるという事件(しかも関西弁!)が起きた翌日。つばさ小学校五年二組の教室で、わたしはぼんやりと先生の話を聞いていた。


 あの後、トランシーバーからは奇妙なひとりごとが続けて聞こえてきた。


 そして、その中に


『また顔見せてくれたらええけどなあ』


 みたいな言葉があった。


 それがすっごく不気味だったから、ひとまず音量を0にして引き出しにフーインすることにしたの。


 だってそうでしょ?

 もし、妖怪とか幽霊の声だったら……。

 うぅ、考えるだけで怖くなってきた。


 ちなみに、学の考えではどこかのラジオ局で流れている放送を受信したんじゃないか? とのことらしい。


 どんなときでも学は冷静に分析することができるのだ。自分の弟ながら感心してしまう。


 それに比べてわたしは……。


 多分、体育の成績以外に勝てるところがない!


「はぁ……」

「ねぇ、話聞いてる?」

「え? ああ、しおりちゃんか」

「〝ああ、栞ちゃんか〟、じゃないよ!」


 ちょっぴり悪意のあるわたしのモノマネをしている彼女は友達のしおりちゃん。


 肩まで伸びたきれいな髪に、キリっとした目。それに、つんと上を向いたまつげ。女子なら誰もがうらやむ美貌びぼうの持ち主。なんだけど……。


「自由研究の話! 今年からポスター発表だよ? サイアク。ほんと、先生たちってセンスないよね!」


 けっこう……いや、かなり口が悪いのだ。そのせいで、クラスの男子からも恐れられている。もっと言葉遣いに気を付けたらクール系美人として人気になりそうなのに。


「まあまあ、栞ちゃん落ち着いて」


 栞ちゃんとの付き合いは幼稚園の頃からなので、口の悪さには慣れている。


「だって、そうでしょ? 日向もそう思うでしょ!」

「まあ、それは分かる」


 明日から始まる夏休みには毎年コーレイ、自由研究の宿題が出される。しかし、四年生までとは訳が違うのだ!


 一年生から四年生までは自作した工作を提出すれば良かった。

 それなのに、五年生からはそれぞれが調べてきたことをポスターに書いて、みんなの前で発表しなきゃいけないの!


 今年のテーマは「身近なもの」。


 身近なものって何? って感じだよね。


 こんなことなら、ずっと四年生でいたかったよ……。


「あぁ~、悩みごとが増えていく~」


 頭をかかえて、がっくりと机につっぷす。


 トランシーバーから聞こえる謎の声に、自由研究、さらには特大の悩みがもう一つ。

 それはここ最近、お母さんの元気がないこと。昨日、お母さんがフリーマーケットに来なかったのもそのせい。


 実は、三カ月前におばあちゃんが天国へと旅立った。ほんの前日まで元気だったのに、スーパーで買い物中に倒れてそのまま帰らぬ人になってしまったの……。


 おじいちゃんはわたしが生まれた頃に亡くなっている。だから、お母さんにとっては両親が二人ともいなくなってしまったことになる。


 おばあちゃんの家は、わたしの家から車で十五分くらいのすぐ近くだった。だから、休みの日はよくおばあちゃんの家に遊びに行っていた。


 特に学はおばあちゃんにすごく懐いていて、いまでもおばあちゃんのことを思いだしてはたまに泣いている。


「そんなに悩みごとたくさんあるの?」


 栞ちゃんが真剣な顔で聞いてくる。


 栞ちゃんは口は悪いけれど根はいい子。わたしが困っていたら絶対に手を差し伸べてくれるし、道端で倒れていたおばあちゃんを助けて表彰されたこともある。


「うーん。まあね」


 そんないい子な栞ちゃんだからこそ、トランシーバーのことやお母さんのことについて相談するのは少し気が引けた。


 トランシーバーのことは自分でもよく分かっていないし、お母さんのことは気軽に話しにくい。


 だから、ひとまず


「栞ちゃんは自由研究どうする?」


 と、自由研究の話をすることにした。


「あたしはなーんにも決めてない。テーマは身近なものでしょ? 何かあるかなぁ」

「だよね、思いつかないよね」


 栞ちゃんと適当に会話しながら、二人で下校する。両手には絵の具セットと習字セット。学期の終わりは持ってかえるものが多いのです。


 わたしたちはしばらく、自由研究のテーマの案を出し合っていたがすぐにネタが尽きて、雑談になった。


「そういえばさ、二組の高尾たかおが〝キツネ様〟やったらしいよ」

「えぇ~、ほんとに?」


 〝キツネ様〟とは、わたしたちの間で流行っている都市伝説だ。


 まず、紐でつくった輪っかをキツネの顔の形にして、目の前に置く。


 次に、その紐の前で正座をして、「キツネ様、キツネ様、どうか願いをかなえて下さい」と三回唱える。


 すると、願いが叶う代わりに地獄に連れていかれる、という恐ろしい話だ。


「そ、それで高尾って人はどうなったの?」


 おそるおそる聞いてみる。


「何ともなかったってさ」


 普通の表情で言う。わたしだったら、キツネ様のことを口に出すだけでも怖いのに、栞ちゃんは怖くないのかな?


「でもさ。あれって、願いが叶っても自分が地獄に連れていかれちゃったら意味ないよね」


 た、確かにそうかも……。でも……。


「そんなこと言っちゃって大丈夫? 呪われない?」


 わたしは小声で言う。


「大丈夫、大丈夫」


 栞ちゃんは顔の前で手を振ってほほえんだ。


 ほ、ほんとに大丈夫なのかな?


 栞ちゃんが呪われないか心配していると、通学路の途中にある駄菓子屋にさしかかった。

 店先にはカプセルトイの機械が置かれていて、そのラインナップは通学路を通る小学生の間では注目の的だ。


 わたしたちも例に漏れず、自然と駄菓子屋の方へと吸い込まれていく。


「おっ、新しいやつだ」


 栞ちゃんの視線の先にあったのは「探偵セット」というカプセルトイ。手帳やバッジなど探偵っぽいアイテムがランダムで出てくるらしい。


 こんなのサイコーじゃん!


 ぴょんぴょんとはねて喜びたいのをガマンする。


 けれど、次の栞ちゃんの言葉を聞いた瞬間、何とも言えないもやもやが心をおおった。


「うーん、だな~。最近、探偵アニメが流行ってるんでしょ? 男子がよく言ってるやつ」


 、か……。


「ら、らしいね~。わ、わたしも詳しくないや~」


 自分でも分かるくらいすごく棒読みだった。


 わたしの周りに名探偵アカツキを見ている女子は一人もいない。

 みんなが興味のないものを好きだと公言こうげんするのはなんとも勇気のいる行動なのです。そして、わたしにはその勇気がないのです。


「はぁ……」

「どうしたの? また、ため息ついて」


 心配そうにわたしの顔をのぞきこむ栞ちゃん。


「ううん。なんでもない!」


 栞ちゃんには全く悪気わるぎがないのに、わたしだけが勝手にフクザツな気持ちになってちゃいけないよね!


 わたしはすぐ元通りの笑顔に戻って、二人だけの帰り道を歩いていく。

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