第2話 ある女


 数時間が経って夜になった。


一人の女がバス停にやってきた。


女は悲しみを超えたような、美しいのか醜いのかも判断できないような瞳をしていた。


そして服が引き裂かれて下着がはみ出して見えていて、体や口から血も流れている。


女は暴行を受けたのだとカカシは思った。


女は持っているスマートフォンで音楽を流し始めた。


スマートフォンの画面は見事に中央からヒビ割れている。


女の流す音楽は、素晴らしかった。


何よりも激しく、何よりも繊細で、何よりも女はこの音楽が好きなのだろうと感じた。


しばらく音楽を聴いていると、雨が降り始めた。


女は雨で体に付いている血を洗い流した。


そして雨の中、音楽に合わせて女は踊り始めた。


踊りを見るのがカカシは初めてだった。


女は自分の体全体を使って音楽に込められた魂を、愛を表現した。


その姿を見たカカシは、何よりも「美しい」と思った。


それを見ていたのはカカシだけだった。


 静かに始まる曲になった。


イントロの雰囲気は「最後」を暗示しているようにカカシは感じた。


女は踊るのを止めて、俯いた顔でその音楽を味わって聴いていた。


女は泣き始めた。


その音楽が終わるまで、ただ女は泣き続けた。


その音楽は、全てに懺悔をしているような歌だった。


 音楽が終わると、女は何かを諦めるような決意をした表情になった。


何度も何度も、諦める事を繰り返しているような顔だった。


女はカカシに近寄って来た。


カカシは嬉しかった。


「あんたしか、もういないわ、あたしのダンスどうだったかな。愛してるわ」


そう言って女はカカシの口にキスをした。


女の口の中は血だらけで、カカシの口も血だらけになった。


そして女はバス停を去っていった。


女が遠くまで行った時、雷がピカッと光り、その後に轟音がやってきて、女は見えなくなった。


 初めてのキスに、カカシの心は、新しい苦しみを植え付けられた気分だった。


カカシの心に生まれた苦しみは、膨れ上がった。


カカシは体の中に血が巡るのを感じた。


カカシは生命を得て自ら動けるようになった。


カカシはコンクリートから自分の足を力尽くで抜いた。


カカシは女の帰っていった方へピョンピョン飛んで進み出した。


女を追いかけた。


女の抱えた苦しみをもっと知りたいと思った。


女の苦しみの深さに溺れたいと思った。


そして自由に動ける命を与えてくれたお礼がしたいと思った。


しばらく進むと、街の路地裏であの女がまた男に暴行されていた。


なぜこの女はこうも酷い目にあってばかりなのだろうとカカシは思って悲しくなった。


用事が済んだ男はその場を去っていった。


カカシは女を襲った男の後をつけて追いかけた。


街の灯りがどんどん無くなって暗くなって行く。


殆ど真っ暗闇になったとき、闇に乗じてカカシは猛スピードで飛んだ。


右手にあるナイフで男の心臓を突き刺し、貫いた。


返り血を浴びたカカシはその場を後にして女の方へ向かった。


 女は先程の現場で目を閉じて寝転がっていた。


眠ってはいないようだった。


カカシは女の近くに行った。


その表情は虚しさに溢れていた。


カカシは心から何かが零れるように話しかけた。


「貴方は純粋だよ」


目を開けた女は驚いた。


そしてカカシは女の口にキスをした。


キスをした後、カカシはだんだん力が抜けて体が動けなくなっていくのを感じた。


カカシは最後の力を振り絞って言った。


「ありがとう」


動けなくなったカカシを女は起こした。


カカシの手にガムテープでぐるぐる巻きにされたナイフを取り外してそのへんに捨てた。


女はカカシを抱っこして自分の住むアパートまで持って帰った。


そしてベッドに寝かせて布団をかけてあげた。


カカシにはもう心すらなく何かを思うこともできなかった。


ただ布団の温もりに包まれて、彼女に愛されたのだった。

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女男のかかし 221 @2tsu2tsu1i

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