女男のかかし
221
第1話 ある男
カカシは心だけ持っていた。
だから何かを「思う」ことはできた。
カカシは11歳だった。
ずっとカカシは人間達に思っていた。
カカシは、死ぬほどお前たちのことが大嫌い、と。
田畑ではなく、街のバス停の横に何故かカカシは立たされた。
誰もがカカシの存在を馬鹿にした。
「なんでこんな所にカカシが居るの?馬鹿じゃないの」と言って蹴り倒そうとする乱暴な女がいたり、「バス停にカカシだってよ」と言って要らなくなったアイスクリームをカカシの口に押し付けてくる人間もいたりした。
そんな愛されない経験ばかりを重ねカカシは人間の事が心の底から嫌いになった。
でも、今までとは違う異様な一日がカカシに訪れた。
ある日の夕方、一人の男が一冊の古ぼけた本を小脇に抱えてバス停にやって来た。
本のタイトルを見ると「つかまえて」という言葉が見えた。
本の内容は馬鹿らしく下らない内容に思えた。
歯さえキレイに磨いてさえすれば、風呂に入らなくても清潔だと思っている勘違い男のエピソードが書かれてあった。
バスが何度も来ては止まり、また発車していくのに男はバスに乗ろうとはしない。
男は本が余程に面白いらしく、ニヤニヤと不気味に笑っている。
気持ち悪くて変な奴だとカカシは思った。
男は本を閉じた。
オレンジ色の空を見ながら、独り言を言い始めた。
「俺は違うんだ。いや、俺、じゃない。僕は違うんだ。そんな奴等と一緒にされたくない。あいつらはみんな分かっていない。真の愛とやらを。真の愛を知っているのはこの世で僕だけだ。僕だけなんだ」
カカシには男の考えてる事が良くわからなかった。
ただ、下らない内容であることだけは確かだなとカカシは思った。
男は独り言を続ける。
「安息はこの心にある。この世の人間たちは皆、暴走している。僕一人だけがこの心に安息を秘めていることを皆は知らない。とても残念なことだ。僕だって、僕だって、僕だって、いや、僕こそがこの世の神なんだ」
男は悔しそうにしていたが、カカシは見ていて馬鹿らしくて心はなんだか愉快だった。
こんな馬鹿で阿保で頓珍漢な男に会うのは初めてだ、と。
男は急にベンチから立ち上がりカカシを見た。
こんな所にカカシが、といった具合の表情だった。
男はリュックから何かを取り出そうとし始めた。
出てきたのはナイフとガムテープだった。
男はカカシの右手にナイフをガムテープで巻き付けて固定した。
男はカカシに向かって言葉を放った。
「何かあったら、コイツでぶち殺せ、お前ならできる」
何か物を人間から受け取るのはカカシにとって、初めての事だった。
男は完全にイカれていたが、カカシは少し嬉しい気持ちになった。
男が「あっ」と声をあげて言った。
「こんな方法があったか」
何か下らないことを思いついたんだろう、とカカシは思った。
男は急に走り出した。
遠くまで走っていくのが見えた。
突然、男の走る足が止まった。
オレンジ色の夕日をバックに、男の頭は下を向いて何やらガッカリしているようだった。
どうせまた、下らないことで落ち込んでいるんだろうと思うと、カカシは可笑しい気持ちになった。
「また来いよ」という気持ちでカカシは男を見送った。
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