第10話 光さす庭
あの冬の日、私達はマフラーを巻いていて手袋も持っているのに素手で指を絡めありもしない未来を語り笑い合った。
Sと東京に出て大学の近くにアパートを借りてルームシェアする、それは悪魔的な魅力を感じさせる未来だった。
当時はSと話を合わせながらも自分には叶わないだろうと内心諦めていた。ただ、彼女が新天地への旅立ちの道連れに私を選んでくれたことが嬉しかった。
あれから6年、予想とは違う形で2人の夢物語は一部実現したもののむしろ疎遠になっている。
私が地元に残り、たまに彼女が帰省する時に会う方が適度な距離で細々と続いていた気がする。
でもこれで良かったのだと思う。
6年間は私達が友達として正しい距離で仕切り直すのに必要な時間だった。
歩いてきた道を恐る恐る引き返しながら、捨てたものや失ったものを拾い直して自分を再構築するために。
過去を直視しばらばらになった自己を繋ぎ合わせるのは辛い作業だったけれど、新しいパズルが完成した今振り返ってみればなんてことはないと思えた。
均衡を破ったのは私だ。だから咎は私にある。
人生は壮大な旅なのだ。どんな傷もいつかは私という人間の味になる。
"これはあなたへ贈る最後の手紙になる。
投函するつもりはない。
自分の気持ちにけじめをつけるためだけに今、筆をとっている。
美談でもなんでもない、陳腐で独り善がりな想いの始まりと終わりについての話だ。"
そこまで手帳に書きつけてふと顔をあげると、下校中の母校の生徒達がホームにぞろぞろと降りてきた。すっかり日も傾き夕暮れ時、昔の私と同じように彼女らはこのまま駅前の塾へ行くだろう。
悄然、目の前の光景がいつかの記憶と重なる。
茜色の日差しの中、ホームに伸びる2つの影。
囀りを交わす鳥達のようにおしゃべりをしながら電車へ吸い込まれていく。
いつかの日の私とSがそこにはいた。
懐かしさと切なさと、ほんの少しの勇気が湧く。
今日の終電で東京に帰ろう。そしてSに連絡しよう。彼女は返信が遅いから、明日になるかもしれない。それでもいい。年に一回でもいいから思い出したみたいに連絡して、都合が合えばお茶をしよう。会えなくても、またの機会に誘えばいい。私達はまた友達としてうまくやっていける。
なんといっても、物語はまだ始まったばかりだ。
2人が確かに分かち合った思いも時間も、密かに葬っていい物語ではないことをこれから証明しなくてはならないから。
茜色の記憶 長谷川 千秋 @althaia
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