第9話 提案

全て過ぎ去った、遠い日々のことだ。

答えのないタラレバ話はもう十分だろう。

なのに、戻りたいと思った。もう一度あの場所に行きたいと思ってしまった。

思うやいなや、無意識に踏み出した一歩が、私をあの場所へ連れて行く。


私は今、高校の最寄り駅のホームにいる。

唯一2人の繫がりを感じられる場所だ。

このホームにいる間、私達は確かに見えない糸のようなもので繋がっていた。

言葉を交わさなくてもわかり合える気がした。

友達でも恋人でもただのクラスメイトでもない、名前のない関係。

電車が来るまでの間、他の子には見せない表情でとりとめのない話をした。

あなたの傍に少しでも長くいたくて、遠回りで運賃も跳ね上がるのに無理を通して通学手段を変えた。

今日からは同じ路線で帰れると少し誇らしげに宣言した時、Sは喜んでくれたっけ。

あなたはきっと私の変わらない所を愛していた。

誰にも流されない正しさを私の中に見ていた。

あなたは触発され変わろうともがく私を愛おしく思いながら、結局変われない所に安心してもいた。

一緒に東京へ行こうと言ってくれたのも、ここだった。

忘れもしない、あれは高1の冬の出来事だ。

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