第8話 茨
忙しさから開放された夜は、ふとSに会いたくなる。
くだらない感傷に時間を溶かすのはきっと暇だからだ。
彼女のことを考えると抜け殻のようになってしまうから、いつもは意識的に考えないようにしている。
だが実際、顔を合わせた所でみっともなく一方的にやり場のない気持ちをぶつけてしまうだろう。
会わなかったここ数年間、私達の関係は良くも悪くも変わっていない。
2人の人生は平行線のまま、共に歩んだ軌跡は風化し二度と交わることはないだろう。それは私にとっては幸運で、そして少し寂しい。
Sには周りの人間を巻き込み自らの人生を切り拓くエネルギーがある。
大学も仕事も、もしかしたら結婚も流されているようでいて堅実な人生を歩んでいく。
誤解していたが、案外Sは慎重で保守的な人間なのだ。高校時代に彼女から受けた自由奔放で勝ち気で大胆なイメージは、私が彼女に投影した自分の理想だったのかもしれない。Sもまた私に正しさや気高さを見出していたように。
私達が互いの内に見出していたものは確かに存在の一部ではあったけれど、全てではなかった。
深く関わるほどに新たな一面を知ることは喜びであり、あるいは失望でもあった。
全てが思い通りとはいかなくても、描いていた像と重なったりずれたりしながら互いを受け入れていけると思った。
他の人には見せない歪さも醜さもSには知って欲しかったし愛されたかった。
だからこそ全てを晒して拒まれた時は辛かった。
親友や大人達はやはり正しかったのだ。
彼らは私を知らずに済む痛みから守るために再三忠告してくれていた。
当時は煩わしいとすら感じたが、今になって有難さが身に沁みる。
愛を知り私は破綻した。
一応それなりの大学に合格し、お世話になった人への義理を果たすことはできた。
でも直前まで行き先が定まらず、高校生活の締め括りやSとの関わりが後味の悪い記憶となったことは事実だ。
Sのせいではなくこれらは全て身から出た錆である。
今更彼女を庇う自分にも呆れるが、仮に受け容れられていたらSに溺れてもっと惨めな結果になっていただろう。
美しい花には棘がある。
ただ遠くから、見ていれば良かったのだ。
なのに私は色や香りを愉しむだけでは事足らず、茨の道へ踏み込んだ。
私は己を過信していた。孤独だが強く、自信を裏付けるだけの努力をしていると。
だからもっと欲しくなった。
届かないと願っていた、欲しいという感情すら殺してきたもの。
愛は人は強くするとおとぎ話は説くのに、どうして私はこんなに弱く脆いのだろう。
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