第7話 溝

Sのことなら、彼女以上に知っている。

彼女は言葉にするのが苦手だから、些細な表情の機微や落ち着かない時に毛先を弄ぶ癖まで観察した。だから彼女が何が好きで何が嫌いか、今何を感じているか手に取るようにわかる。

なのに肝心な気持ちだけは見えない。

確かなのは、Sから私へ向けられていた気持ちをいつしか私からのそれが追い越していたこと。

そして、Sが降りたシーソーに私だけが一人取り残されていることだ。


最後にSに会ったのは、上京してすぐの日曜日だった。

私はまだ1年生で親元を離れた暮らしに不慣れで、東京の街のきらびやかさをどこか恐ろしく思っていた。

Sは東京で会いたがったが、私のために足を伸ばして郊外まで会いに来てくれたのだ。

彼女は相変わらず綺麗で少し気だるげで、一目で胸が跳ねるのを感じた。一方でSの方は久しぶりに私と会うのを億劫そうにしていた。

私は少し気持ちを挫かれながらも、少しでも雰囲気を良くしようとSの顔色を伺っていた。

そういうときに限って不運な出来事は続くもので、私の大学の近辺は特に見て回る場所もなく退屈で、お茶をした後はひたすら歩き続けた。夕方になる頃にはすっかり会話もなくなり、気まずい空気を切り替えれないまま彼女は帰ってしまった。

私は自分の無計画さを呪いながら、Sに対して高校の頃に抱いていた印象と実際の彼女は随分違うことに気がついた。


Sは人混みや歩きが嫌いで、用事もないのに外に出たりしない。昔はあんなにも目を輝かせて熱っぽく東京の魅力を語っていたのに、1年もしたらすっかりホームシックで地元を恋しがるようになった。

今の私は、何時だろうと宛てもなく何処でも行ける。東京なんて興味もなかったのにいざ来てみると案外便利な街だと週末は必ず繰り出るようになっていた。

高校の頃は真逆だった。

いつから私達はこんなにも変わってしまったんだろう。

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