響歌

 何かに呼ばれたかのような感覚で目を覚ますと、枕元のスマホが光っている。LINEが来たらしい。

『生きてます?』

 今起きたよ、と返信すると、相変わらず死んでるみたいで安心しました、とすぐに返事が来た。気付けばとうに昼と呼べる時間も終わっていて、そろそろ十五時になろうかというところだった。

『そんな先輩にいい話があるんで、元気出してくださいよ』

 こういうちょっとテンションの高い彼から送られてくる話は、寝起きに聞いていいものではない。毎回僕が食いつくのも悪いのだが、自分が出くわしたり聞いたりしたよく分からない話をほぼほぼ強制的に押しつけられている。

 僕に毎回話を持ってくるこの無礼極まりない後輩は多趣味なのだが、その中の一つに『山で散策』がある。そのせいもあってか彼の話には植物や生き物関連の嫌な話が多い。

 今回は、彼とよく山に一緒に行くWさんという方の話だ。



 

『Wさんにはいつも車を出してもらっていて、いつものように駅で集合だったんですよ。

 そしたらいつも見る車が無くて、Wさんまだ来てないのかと思って携帯見たら、もう来てるって言われて。ロータリーに地元の車っぽく無いのが一台あって、覗き込んでみるとWさんでした』

 

「あ、車変えたって言ってなかったっけ」

「前の車も綺麗でしたけど故障とかですか?」

「いや、ちょっとね……」

 今から山行くのに話すことじゃないとは思うんだけどね……なんて前置きで車を買い換えた訳を話してくれたそうだ。



「いつもみたいに一人で山に行ったんだけど、その日は道が途絶えていたりしたりして、予定より車に帰ってくるのが遅くなってしまったんだよね。

 車についた途端にすっごい眠くなっちゃって。まぁ頑張れば道の駅まで戻れそうだったんだけど、来たときの道路の酷さを思い出すと車中泊が安牌かなって感じで。

 そうそう、山の中の道って細いから他の車が来ても困るし、万が一の事もあるから、普段はああいうところで寝たりしないんだけどさ。疲れてたしそのまま寝たんだよ。

 俺、寝るときは窓をほんの少し開けて寝るじゃん?これが間違いだったんだよ。

 気持ちよく寝てたんだけど、なんか突然大きい音で目が覚めたの。二時ぐらいかな。事故か何かかと思ったけど、周りは特に明るくないし、疲れてるときになる……なんだっけ。そうそう、頭内爆発音症候群?かと思って寝直したんだよ。でもさ、アレで起きると心臓がバクバクでなかなか寝付けないんだよね。

 しばらくしたら、さっきの音量ぐらいで大声が聞こえたの。

 いや、聞いた瞬間生きてる人の選択肢は消したよ。その声、どう聞いても子供と遊んでる母親っぽいんだ。

『○○───!うふふふふふふふ!○○!』

 って感じの。名前は全然俺とは関係ないんだけど、なんでか自分に話しかけられてる感じがするんだよね。そして返事したら駄目だ!みたいな感覚もあって。

 本能的にやばいって思って、慌てて車出したんだけど、声がついてくるんだよ。○○!うふふ!ってずっと同じトーンで。寝てたところから離れるにつれてどんどん声が小さくなるし、呼ばれる間隔も長くなってるから逃げられてるってのは安心だった。でもね、なんか声が小さくなるごとに変な感覚が生まれてくるんだよ。

 声が聞き取りづらくなるにつれて、自分の名前が呼ばれてる感じが強くなって返事しそうになるんだよ。なんか小さい音だと聞き間違いしやすくなるような感じで、○○って名前が自分の名前に聞こえてくるんだ。知らない女の声なのに俺の母親の声に聞こえそうになる。

 絶対に返事するものか!って気持ちだけで運転してたよ。思えばあの時よく事故起こさなかったなぁ。

 月並みな表現だけど、最寄りのコンビニに着いたときはあの店内の光が天国に見えたね。ハンドルも汗でびちょびちょになってて笑っちゃったよね。山歩いてる時より汗かいてるんだもん。

 もうその頃には声も聞こえなくなってて、助かったって気持ちでいっぱいだったよ。

 水だけ買って車内に戻った時だったかな。またあの声が聞こえたんだよね。聞こえるか聞こえないかぐらいの音量で。

 その時ようやく気付いたんだけど、その声車内から聞こえてたんだわ。これまでもずーっと。

 車内を反響し続けてどんどん声が小さくなってるだけだったんだよ。

 あーまずいなぁって。

 これからずっとこの車内で響き続けるんだったら、いつか返事しちゃうかもなぁって。

 こうやって誰かと話してるときに返事が重なっちゃうかもなぁって。

 返事した、なんて思われたくないしなぁって。


 

 そりゃ、買い換えるでしょ?」

 後輩はWさんが前の車をどう処分したかは聞いていない。

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きょうか 江川キシロ @kishiro_asahina

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