ハロウィンっち、なんね?
崇期
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モサムは、どこにでもいる平凡な男の子。遠足の前夜さながら、ウキウキ気分を抑えながら、ダイニングテーブルに自慢の菓子を並べていました。
「ええっとー、板チョコに、棒チョコやろ? それから、ネジチョコ。おまけにビスチョコ、ゴムチョコ……ついでのついででウレタンチョコ!」
「モサム」モサムの母親もこれまた平の凡と言える部類。台所仕事を終えて覗きにきました。「お菓子の準備、できたとね?」
「バッチシったい」モサムは母親を振り返ってのVサイン。「これやったら、いつトリック(いたずら)に来てもろうても心配なか」
「ぎょーさん(たくさん)並べてから。明日が楽しみやね」
時は二〇二四年の十月でありました。お天道様が万障繰り合わせて、モサムの街にもハロウィンを届けてくださったのですが、その夜モサムはがっくり肩を落とすことになります。
「ウッウウッ……。く、くやしか」握りこぶしを目頭に当てるモサム。ぽったりぽたりと涙が床にこぼれます。「か、母さん、なし(なぜ)、うちにはだーれもトリックに来てくれんかったんやろか。こげんにはよ(こんなに早く)から用意して待っとったとに」
「モサム……」母も泣き崩れる寸前でありました。
「こんチョコば、賞味期限見たらね……『’25.7.25』っち書いてあると。これっち、来年のハロウィンまでもたんとよね? せっかく用意したんに、のうならかさな(無くさないと)いかんと? 捨てっしまわないかんと?」
「モサムー!」母は少年の震える肩を抱きしめると、一人叫びながら玄関を飛び出していきました。
通りには、「一日一善の街、△△町」という大きな看板が立てられ、掲示板には「非行のない街づくり」というポスターが貼られていました。どこもかしこもひっそりとしていて、悪の組織やら落ち武者やらの格好をした者は一人も歩いておりません。どちらかというと居てほしいモンスター仮装の大行列さえ影も形も見当たらないのです。モサムの母はポスターに飛びつくと、ビリビリビリと勢いよく破り裂きます。
「こげな中途半端な道徳振りかざしよるからハロウィンにもまともにトリックできん子ぉばっかりになるんやなかとね? ハロウィンに悪そ(いたずら)せんで成人式で暴れて全国放送されるっちどーゆー了見かっちゃ。許さんきね!」
ローカルでマイナーな暴力をお届けしているのは彼女の方で、あまりの血相&振る舞いに隣近所の人たちがわらわらと集まってきます。
「なぁん、おらび(叫び)ようとね?」心配して電柱の陰から見守る中谷さん。
「やめときちゃ」母を取り押さえようと駆けつけたという松尾さん。
「あつっ、こけた(転んだ)! 痛ぁーっす」同じく駆けつけようとしてうっかり転んでけんけん(片足跳び)している坂本さん。
「なんぼか収まったかいの?」自宅の二階の窓から安全に様子を伺う佐々木さん。
このようなやり取りがあり、その夜はなんとか収まり、数十分後には母は渋々家に帰り着きました。
「モサム」母はモサムに言いました。「チョコはのうならかさんでもよか。来年のことを今から言って悪いけどくさ、二月にバレンタイン・デーがあるやろ? 母さん、会社に持っていくけ。そしたらくさ、三月のホワイト・デーに、マシュマロとかクッキーとかに化けるとやなかろーか?」
「ほ、ほんと?」失意のモサムもようやく笑顔を取り戻しました。「化けるっち、そしたらそれもハロウィンのお化けみたいなもんやね」
「そうばい。そう思って楽しみにしときー」
「うん!」
物は言いよう、捉え方次第と言えば、そう。食べ物の恨み、および年に一度のイベントへの想いはひとかたならぬもの──。
その期待の、春の菓子バトルロイヤルですが、どうなったかは母のセリフをお聞きください。
「かぁー、部長っちゃ、バレンタインでもらったチョコ流用したんやろ、これ! こっちは7月25日賞味期限のチョコ渡したんに、4月12日が期限のチョコと交換っちどげんこつね! 期限短こぅなっとるやん。こすか(せこい)! ぐらぐらする(腹が立つ)わ!」
うららかな物々交換がまさかの事態に……。ホワイト・デーにチョコレートの返し技とは卑怯なり。ケチくさいなこいつ、と言えば、そう。
このように、さまざまなショックと怨念と疑惑を生む所業になりますので、皆さんはまねされないようにしてください。
では、ごきげんよう。
ハロウィンっち、なんね? 崇期 @suuki-shu
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