後編:因習山盛り村

 会社に連絡したら、簡単に一泊してもよいことになった。

 私とほぼ同時に村長直々に連絡を入れてくれたらしい。妙にフットワークが軽いのは、手慣れているからだろうか?


 役場で紹介されたのは、民宿とも旅館ともいえない宿だった。なんでも、村にあった屋敷を改装したところで、周囲に似たようなものが何軒もあるらしい。

 屋敷といっても年代を感じさせる佇まいだったが、中に入ると綺麗にリフォームされているのが、とても印象の良い宿だった。

 案内された部屋も新しい畳に壁にかかった絵、窓からは庭が見える良い部屋だ。


「こんな良い部屋をあの値段で泊まってよいのですか?」

「村長のお客様ですし。うちはこの価格でやっていけてますので、ご心配なく」


 案内してくれた女将さんがそっけなく言った。宿を運営するにはちょっと愛想がない方だとは思うが、私としてはむしろありがたい。話し好きで何十分も捕まってしまうよりもマシというものだ。


「夕食の準備はすぐできますので、先に温泉でもお楽しみください」

「温泉まであるんですか。これは良いところにきたなぁ」


 半分お世辞でいうと、微笑しながら女将が言う。


「ただし、気をつけて頂きたいことが御座います。夜二二時以降、この部屋の窓から外を見てはいけません」


 言われて、反射的に窓の外を見た。そこにあるのは、よく手入れされた庭だ。

 ……いや、よく見ると、木々の向こうに小さな祠がある。年代を感じさせる、古びた小さな祠だ。今にも壊れそうなそれだけが、綺麗に手入れされた庭で異彩を放っている。

 見なきゃ良かった。本能的にそう感じた。


「あの、障子で閉じておけば見えないですよね?」

「障子ではいけないようです。どうも、貫通するみたいでして」

「貫通……」


 もしかして、この部屋が格安だったのはこれが理由なんじゃないだろうか?


「二二時以降、とにかく、お伝えしましたよ」

「あの、他の部屋は?」

「他の部屋は、もっと『厳しい』ですよ?」

「わ、わかりました」


 そう言うと、女将は去っていった。


「とりあえず、温泉に入ろう」


 どうしようもないので、窓のことは肝に銘じた上で、私は大人しく一泊することを決めた。


 温泉と夕食をなかなか良いものだった。

 部屋に戻った私はそれなりに満足していた。あとは無事に朝を迎え、さっさと帰社しよう。その程度の心持ちになるくらいには、穏やかさを取り戻していた。


 もう二二時が近い。一瞬、閉じた障子が見えたが、あえて意識から振り払う。寝よう。酒を飲めばよかった。明日も仕事だからと念のため控えたのが仇になったか。


「……寝よう」


 長距離移動と、この村のことで疲れていたのだろう。

 幸いにも布団に入ったら、すぐに眠りにつけた。


○○○


 カンカンカンカン!


 脳に響く金属を打ち鳴らす音。

 外からとめどなく続くその音に耐えきれず、さすがに跳ね起きた。


「な、なんだ!」


 部屋の中は暗い。まだ深夜だろう。外は……。

 思わず障子を開けて外を見ようとしかけて、何とか思いとどまった。危ない、しかしなんだこの音は。全然止まらないぞ。

 部屋から出ようか悩んでいると、ドアを叩く音が聞こえた。


「お客様! 大丈夫ですか!」


 一瞬驚いたが、聞こえたのは女将の声だった。明かりをつけて、ドアを開く。


「なんの音ですかこれは」

「近所で火事がありまして。火事の時はこのサイレンが鳴らされるのです」

「なんでまた、こんな音を」

 

 消防車のサイレンよりも煩いし、脳に響くんですけれど。


「サイレンの種類が沢山ないと困る村でして……」

「…………」

「それよりも、念のために避難をお願いします。庭まで火の粉が飛んできておりますので」


 女将の真剣な顔を見て、私は部屋から出た。


 外に出ると空が赤々と燃えていた。

 火事は本当に近所で、火柱が見えるほどだった。それどころかたまに頭上を火の粉が舞っている。一部、宿にも落ちているが、大丈夫だろうか。


「ここも危ないかもしれません。皆さん、少し離れましょう」


 女将のもっともな言葉を聞き、宿の客と従業員共々、私達は道に出て距離をとることにした。


「おや、夜分遅くに災難ですな」

「ああ、村長さん」


 火の粉が飛んでこない辺りにいくと、人だかりができていて、話しかけられた。

 この村で私に話しかけてくる知り合いなんて、村長くらいしかいない。

 どうやら近所に住んでいたらしい彼はじっと火事の様子を見守っていた。


「大変なことになりましたね」

「ご心配なく。この村ではよくあることですから。どうも、昼間来た大学生のサークルが祠を一つ壊してしまいましてな。色々あってこの結果のようです。正直、いかにも火をつけそうな方々だったので、今日はあるかなと思っておりました」


 いかにも火をつけそうな方々ってなんだ。

 気になるけど、聞くのはやめておこう。余計な発言は余計な情報を得ることになりそうで怖い。


「……大分派手に燃えてますけれど」

「そこは慣れておりますから。ほれ」


 村長が言うなり、小さな村とは思えない大きな消防車が複数台、道路を駆け抜けていった。

 赤いボディにはしっかりと「Y村消防団」の文字がペイントされている。


「我が村の消防団は精鋭です。もう消火を始めている所もありますよ。火事も明日には収まるでしょう」

「……それは良かった」

 

 たしかに、火の粉も飛んでくる量が減ってる気がする。

 火が消えるならそれでいいか。急に起こされて調子が悪いのか、脳が深く考えるのを拒んでいる。多分、この村のせいだ。


「お客様。お部屋に戻っても大丈夫そうです。外は冷えますので」

「ありがとうございます。……そういえば、私が起きた時、一瞬だけ障子を見てしまったのですが」


 鐘の音を聞いて跳ね起きたあの時、私は見てしまった。

 反射的な行動だった。つい、外につながる窓のある障子を見てしまったのだ。取り返しがつかない。あの祠のある庭に目を合せてしまった……。


 不安と共に聞いた私に対し、意外にも女将は朗らかに答えた。


「ああ、大丈夫ですよ。火事は緊急事態ですから。ルールに従った経路で避難すればノーカンです」

「ノーカン……」


 そういえば、出るときに妙に遠回りしたな。


「時代に合わせて、色々と変化しているということです。では、お客様も宿に戻って一休み……」


 カンカンカンカン!!


 女将がよくわからない時代性について言及したところで、再びサイレンが鳴った。どこからか「山の方だ!」という声が聞こえる。


 見れば山火事が発生していた。山の中腹あたりから火柱が立ち上っている。それもかなり激しい。


「そ、村長さん! 山火事ですよ!」

「ああ、昼間、民俗学の先生が、山に入っていましたからね。いかにも火をつけそうな方でしたよ。思ったよりも早い。ああ、嫁入りを見たからかな」


 慌てて言うと、村長はキャンプファイヤーでも眺めているかのように、穏やかな目をして返してきた。

 酷く落ち着いているが、山火事は深刻だ。簡単に消し止められるものじゃない。


「そんな顔をしなくても大丈夫ですよ。ほれ」


 私を安心させるためだろう。芝居がかった動作で村長が空を指さすと、凄まじい大音響の風切り音が聞こえる。


「ヘ、ヘリ?」


 轟音と共に夜空に現れたのは「Y村消防団」の文字が入ったヘリだった。

 機体の各所に明かりを点けたヘリは、恐らく消化剤入りと思われる巨大なタンクをぶら下げている。

 しかも、ヘリは一機だけで無く、複数飛んできた。


「他の村からも応援が来たようですな。大丈夫、ここは山の火事が多いんですが、燃え広がりにくいことで有名なんですよ。……色々とありますからな」


 一晩に二件の火事を目の前にしたとは思えないほど落ち着いた様子で、目の前の村長は私に向かって言い放った。

 

 今更ながら、私は確信した。


 この村は、おかしい。


○○○


「お世話になりました」

「お気をつけて」

「工場の件、宜しくお願い致します」

「それは社に戻って検討します」


 とりあえず、私は何とか村の夜を切り抜けた。神経が高ぶって眠れなかったが、ともあれ朝はきた。地球の自転にこれほど感謝したことはない。


 朝一番、宿を去ろうとしたら村長が見送りにきてくれた。完璧なタイミングだった。そういえば、監視カメラとか言っていたな。


「それでは、ありがとうございました」


 私は短くそう挨拶して、営業者でその場を去った。「また来ます」とは言わない。今この時は、心底使いたくない言葉だ。


 車を走らせること十分ほど、村の領域から出た。気持ち的に一段落である。

 落ち着いたからか、飲物が欲しくなり、たまたま見かけたコンビニに寄ることにした。


「おい、あんた、昨日村長さんと会ってた人だろ」


 駐車場でいきなり声をかけられた。

 見れば、村と同じ名の建築会社の名前が入った車があり、男が私の方を見ていた。


「ええ、そうですけれど」


 男は私の上から下、営業車の中までつぶさに観察をした上で、缶コーヒーを一口。


「あんた、なにもないのか? 一人かい?」

「ええまあ、そうですけれど」


 男は更に缶コーヒーを飲みながら楽しそうに笑った。


「変わってるねぇ。村に行って山に入らず、祠も壊さず。座敷牢も見なかったんだろ? 全部の家にあるのに」

「そんなことしませんよ」


 なにそれ怖い。うっかり宿を探検しなくてよかった。今更そう思う。


「やっぱり変わってるよ。五人に一人は女と会って最後は火をつけて逃げ出したりするのによ。手ぶらで帰るなんて珍しいもんだよ」

「仕事で来ただけですから」

「真面目なもんだねぇ……」


 男が何か感心するように腕組みして頷いた。

 とりあえず、それ以上話はないようだったので、私はコンビニの中に入ることにした。

 男の方も興味を失ったらしく、自分の車を発車させる。


 ドアをくぐりながら、一つだけ、決めたことがある。


 もう、あの村に行くのはやめよう。

 

 まったく、うちの会社はいつもこうだ。

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因習山盛り村へ仕事で行く みなかみしょう @shou_minakami

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