因習山盛り村へ仕事で行く

みなかみしょう

前編:I県Y村

 仕事でI県Y村に行くことになった。

 内容は、当社の新工場建設についてだ。なんでも村役場が強い興味を示し、前向きに検討したいと申し出があったらしい。第一弾の視察と挨拶をかねて、お前が行って来いと上から指示を受けた。


 中小企業の中の方。対外的な見栄えのため、名刺に役職がついてはいる程度の男。

 そんな私にはよくある仕事である。

 とはいえ、我が社にとっても新工場建設は長年の課題、真剣な気持ちでことに臨まねばならない。


 I県Y村、近県とはいえ、初めて聞く場所である。そこで事前に少しばかり調べてみた。


 人口は二千人と少しの村と言うには少し大きいように見える規模。周辺に高速道路の出入り口がありアクセスは良好。周囲が山とはいえ、平地も多く、用地の確保も可能そうに見える。


 検索する際に「しきたり」「因習」「行方不明」といった不穏な用語がサジェストされたが、これは地方の山村を検索した時によくあることなので気にしなかった。一緒に「移住」「農家」「ふるさと納税」といった用語も出てきたので。


 I県Y村までは事務所から営業車で行ける距離だった。上司に相談の上、先方の村長とのアポがとれたので、私は車を走らせて現地に向かった。


 予定は日帰り。用件は村長への挨拶。最初の感触を見て、問題なさそうだったらちょっと観光でもして帰ってきなさいと上司も気楽な物言いをしてくれた。


 都市から山へと高速道路を走らせ、風景の変化を一通り楽しんだところ、私はY村に到着した。

 人口二千人というとそれなりの規模だ。田畑の中に点在する住宅地や民宿、田畑といった牧歌的な風景の中を車で進んでいく。

 気になったのは、思ったよりも外を歩く人が多いことだ。大学のサークルらしい若者が賑やかな様子でスーパーから出てくるのを目にした。


 ともあれ、役場に到着した。昭和を感じる白くて四角い、無機質な建築が建つ敷地内に車を停める。

 時間は予定通り。余裕を持って来てよかった。


「全く、なんなんだ、この村は!」


 車から降りて軽くストレッチしていると、大声で叫ぶ男性が役場から出てきた。

 長身でぼさぼさ髪に使い古したスーツ姿の男だ。痩せた体格と疲れ切った雰囲気の中、目だけがギラギラと光っている。


 なんだろうか。関わり合いになりたくないな。

 そう考えて、極力見ないように鞄を片手に役場に歩いていく私。


「そこの貴方、村の外から来た仕事で来た方ですよね? 悪いことは言わない。帰ったほうがいい」


 頼んでもいないのに向こうから話しかけてきた。


「いや、ようやく着いたところですし、約束もありますから」

「早めに終わらせて、関わらないようにすることです。僕は民俗学で食っているんですがね、この村はおかしなことが多い。山の中や敷地内の見慣れないものには触っちゃいけない」

「はあ……」

「あと、出ちゃいけない時間帯とか、家のルールとか、地下への扉とか階段とか、初めて聞く童歌なんかも気にしちゃいけません。それと、妙に美しい女性が訪ねてきても無視することです」

「なんか多いですね」

「とんでもない村なんです」


 察するに学者さんか何かだろうか。早口で一気にまくし立てられて、情報に頭が追いつかない。


「警告はしましたよ。役場の連中だって非協力的だし。なんだってんだ、僕は山に呼ばれているっていうのに……」


 そう言うと、自称学者先生はふらふらした足取りで、役場の敷地外に出ていった。


「なんだったんだ……」


 漠然とした不安を感じつつ、私は役場の中に向かう。

 仕事はしなければならない。小さな村とはいえ、面会相手は村長だし。


 ○○○


 村長はなんというか、感じの良い人だった。

 小太りで、禿げ上がった頭をした、人の良さが滲み出ている方で、六十台前半だという。私見だが、地方の村長にしては若い方だ。


 半世紀は使われていそうな木製のテーブルに濃い茶色のソファー、棚に並ぶ町の航空写真。

 そんな昭和の香りが残る応接室に案内された私は、さっそく村長と仕事の話を始めた。


「本日はわざわざお時間を作っていただき、ありがとうございます」

「いやあ、お礼を言うのはこちらの方です。よくぞ、いらっしゃってくれました」

「それほど歓迎されることですか?」


 予定通り来ただけなのに、村長はなぜかとても嬉しそうだった。

 部屋に入った時に、握手まで求められたほどだ。


「役場に来る途中、村について変なことを吹き込まれて話が頓挫することが多いのです。他にもここに辿り着く前に余計な……おっと、話が逸れましたな」


 どんな話に逸らそうとしたのか、物凄く気になった。詳しく聞きたい。

 けど、いきなり仕事以外のことを話題にするのは失礼だ。ここは素直に仕事をしよう。


 そう考えた私は鞄から資料を取り出して説明を始める。


「以上が、工場の規模感なのですが」


 三十分ほどかけて、私は話を終えた。プレゼンテーションという程でもない。大企業に比べれば本当にささやかな規模の工場を作らせてください。そんな程度の話だ。


「いやあ、ありがたいですな。これで村も賑やかになる。……そこで用地なのですが」


 言うなり村長は地図を出してきた。このために印刷したのだろう、A3サイズの紙が複数枚。

 どういうわけか、やたらと☓印が多い。村中のみならず山の中にもある。


「この印は?」

「なにぶん、色々とある村でしてな。村内の祠と神社、それと近寄ってはいけない場所や建物などです」

「たくさんありますね」

「確認されているだけで、山に廃れた神社が四九、村内の祠が六六六ですな。他にも色々、あと監視カメラも六六六六……おっと、余計な話でした」


 ものすごく気になる。牧歌的に見えて超監視社会なのか、この村? あと、今気づいたんだけれど、この部屋の四隅に御札が貼ってある。これも聞くべきだろうか?


「山の中の村ですが、意外と平地はありましてな。ほら、この通り」

「その平地にも色々書いてありますが……」


 たしかに森や林、耕作放棄された畑や田んぼが沢山あり、どれも結構広い。土地の確保さえできれば、工場を作るのに良さそうだ。でも、全部に細かい文字がびっしり書かれているのはどういうことだ?


「ああ、決まり事がありましてな。この森は中にある社に一日一回の礼拝と年一回のいけ……祭りが必要。こちらの地域は夜一九時以降出入りできません。こちらの田んぼは秋をすぎるとたまに近寄れなくなります」

「…………これ、工場作れるんですか?」

「はははは。大丈夫ですよ。……気をつければ」


 なんだか帰りたくなってきた。いやでも上司に「なんか怖いから駄目でした」と報告するのは社会人としてまずい。


「お、ここなんかオススメですよ。少し奥まっていますが道も広いです。今は誰も住んでいません」


 村長が指さしたのは元分譲住宅地と書かれた一画だった。たしかに広い。村の奥ではあるけど、交通の便は悪くなく、住みやすそうな地域にも見える。


「なんで誰も住んでいないんですか?」

「ちょっとだけ、手違いがありましてな……」

「……手違い」


 遠い目をして村長が言った。


「まあ、よくあることです。なかなか若い者が定着しないのは」

「それは、そうでしょうね……」


 よし、今日はこれで終わりにして、いったん会社に持ち帰ろう。それで、工場建設はやめるよう進言だ。なんなら別の地域を私が死ぬ気で探す。上司にはそれでどうにか押し通そう。


「正直なところ、私がこの場で詳しいお話をするのは難しそうなので、一度会社に戻って上と相談させて頂きたいのですが……」

「もちろんです。今日は挨拶みたいなものですからね。ああ、でも……」


 タイミングをはかったかのように、外からノイズ混じりの音楽が聞こえてきた。決まった時間に流す、防災無線だ。


 『遠き山に日は落ちて』、夜の始まりを知らせる曲だ。


「もう一七時を過ぎてしまいましたから。村からは出れませんよ」

「…………」


 無視して車に飛び乗って帰りたかったけど、村長の柔和な笑顔が不穏すぎたので、思いとどまった。

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