The Last Episode

この手紙に込めた思いが通じなかったのか。

だからこんな返事を寄越したのか。それが冒頭の手紙だった。

ピアーズは唇を噛みながら、手元の手紙をくしゃりと握った。

クレイグが夏休み、卒論の調整をしに一度帰国したことがあったとコンラッドに聞いた時も、いまと似た気持ちになった。

何もピアーズには言わず、コンラッドにだけ会って帰ったのだという。

後からそのことを手紙に書いても、時間がなかったと濁されるだけだった。


ピアーズは気が付いた。

クレイグは頭も切れるし博学で冷静で優しい男だったが、自分の恋に対する本能や欲求はすべて間違ったものだと考えているのだと。

いや、本能や欲求に従うのが怖いのだ。特に恋愛においては。

そのせいで、誰よりも遠回りをする道を選ぶ。


しかし、いまは答えが出ているのだ。

だからこうして、それが間違いではないとピアーズは伝えに来た。

どうしてもあのわからずやに、伝えたい。ピアーズは手紙を閉じて深呼吸をした。

ここにいたって、会える根拠はない。

    

けれどこうして、きっとこの近くにいるのであろうと思えるだけで、こんなにも幸せな気持ちになれるのだ。

間違いなく、これは幸せな恋だ。そうしなくちゃならない。

クレイグのいう幸せな恋が、女性を愛し家庭を築くことだというのであればそれは間違いだと言おう。


ピアーズはかじかむ手をすり合わせながら公園を見渡した。

木々は色づき、濃く澄んだ空の色は紅葉と美しいコントラストを生み出している。

噴水の音や、噴水を中心として作られた水路を流れる水の音が、子どもの遊び声を引き立てた。

大きな楓の葉が並木から外れたところにあるこの噴水の周りにも落ちていて、公園全体が秋色に染まっている。

空を見上げるとその美しさに思わずため息が出た。クレイグの写真で見た空とはどこか違う。それはクレイグの心と言うフィルターがないからだろう。

そのまま何となしに視線を下ろしてふと向こうからやってくる人々に目をやると、その視界に入った姿に心臓がどくりと高く飛び跳ねた。



友人らしき男性と並んで歩いてくるその姿は、いつも思い焦がれていたクレイグに違いなかった。

知らない土地でも、見紛うはずがない。

ピアーズは無意識のうちに立ち上がった。

並んで歩いてくるその二人との距離が近づいたそのとき、ピアーズは走り出していた。


「クレイグ!」


    

何もかもがスローモーションに見えた。

ピアーズの声に気が付いたクレイグがこちらを振り返る。

その瞬間、驚いた表情をさらすと同時に、手を広げ飛びつくピアーズの体を受け止めた。


「ピアーズ、どうして……!」

「このわからずやに、会いに来たんだ」

「……そうか……」


ひしと強く抱き合う。

互いの肩に顔をうずめ、強く愛を刻んだ。


「オレが、好きでいてくれって言ったんだから、好きでいろよ……!」

「……ああ……」

「オレ、本当にお前が好きなんだ。約束しろ、もうあんなこと言わないって!」

「うん、約束だ、絶対……」


クレイグの言葉は、涙に飲まれてほとんど聞こえなかった。

二人の頬を涙が伝う。

ピアーズもクレイグも、もう伝わらない気持ちなどないと思った。

誰が何と言おうと、この男を離すまいという気持ちがその腕の強さにあらわれている。


「あんなことばかり言ってごめん、お前のこと悲しませるってわかってたんだ……」

「うん、もうオレのことはいいから」

「でもあとひとつ、俺にわがまま言わせて」

「……なに」

「もうすこし、このままでいさせてくれ」

「……うん」


少し背の高いクレイグが、ピアーズをかき抱くように再度その体を強く抱きしめた。

    

もうしばらく、この愛しい存在から離れられそうにない。


カスパルはそっとポケットからトイカメラを取り出して、

後ろの噴水と一緒にその愛し合う一対の男をフレイムに収めた。







「当直明日だっけ?」

「ああ、悪いな」

「うんん。その代わり明後日休みだろ? 出かけよう、今年はどこの紅葉を見に行こうか」

「それならカスパルに聞いたらいい。いろんな女と出かけてるからさ」

「わかった、聞いておくよ」


ピアーズはスーツに身を包んだクレイグを玄関先まで見送りに来た。

ドイツに、あれからもう十一度目の秋が来る。


「ああ、頼んだ」

「じゃあ、いってらっしゃい」


玄関先でのキスは、これまで一度も欠かしたことが無い。

たとえ喧嘩をしたときでも。

手を振り、ドアを出ていく後ろ姿を見送る。

ピアーズはふと、玄関の棚に置いてある写真たてを見た。

あのとき、カスパルが撮ってくれた1枚だ。この頃から、クレイグに対する気持ちは少しも変わっていない。


(カスパルに、紅葉の名所でも聞いておくか)


ピアーズは鼻歌を歌いながら、設計時にクレイグと何度も話し合いを重ねた自慢のリビングルームへと戻っていった。




END


    

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フレイム @tobariririri

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