The Last Episode 09.11.03~19.11.01



"ピアーズへ


こちらには、いよいよ本格的な秋が訪れています。

葉も色づき、夕焼けが赤くなりました。

卒業設計は進んでいますか。

おそらくお前のことだから、心配ないとは思うけど。

俺は秋の木枯らしに吹かれて、少しひと肌恋しくなることがあります。


前の手紙、読んだよ。

お前の気持ちを聞けたことは、素直にうれしかった。

勘のいいお前なら、この次に続く内容はわかると思う。


率直に言う。

違う人を好きになれ。

俺のことはいなかったものと思っていい。


親友として、お前が幸せになってくれることを

一番に願っています。

お前のことが大切だから、身を引かせてください。


だけど一つだけ。

わがままかもしれないけど、

文通だけは続けてくれませんか。


よければ、返事待っています。




クレイグ"







    

(郵便の消印は、あの郵便局か……)


ドイツの秋は寒い。ピアーズはマフラーを巻いて手をすり合わせた。

最後に来た手紙の消印だけを頼りにたどり着いたこの土地。

公園は地域の人たちに愛され、にぎわっている。

治安もよさそうで、のどかな田園都市といった雰囲気がある。噴水が高く空に水を打ち上げた。

開きたくないけれど、もう一度開いてこの文字を確かめる。

ピアーズはあたりを見回り、噴水のふちに腰掛けた。


"親友として"クレイグの言う、「"違う人を好きになれ"」という言葉。

この通りにすることが"お前が幸せになってくれること"だと、この手紙は教えてくれているらしい。

前の手紙で、確かに好きだと言ってくれたのはクレイグだったのに。ピアーズは奥歯を噛みしめた。




―――"ピアーズへ


体調を崩してはいませんか。

暑かったり寒かったり、そちらではまだ気温のばらつきがあることでしょう。

これから冬になるにつれて風邪も流行るし、きちんと予防して最後の大学生活を楽しんでください。


この間の、星空の写真はどうでしたか。

お前と一緒に俺の部屋から見たときの星空と、どっちが綺麗だったかな。

あれは夏の終わり頃、大学の友達と一緒にキャンプに行ったときに撮ったんだ。

    

川釣りが趣味のヤツがいて、そいつに連れられて行った。

そっちから見えるのと、ドイツから見るのと、見える星座が同じだってことには少し感動しました。

それで少し思い出したことがある。


一緒に俺の部屋から空を見たとき、

お前は、将来俺の家の設計をしてくれるって言ったよな。

あのとき、俺の未来を勝手に決められたことがつらかった。

俺はどこかの女性と恋に落ちて、結婚し、子どもを授かる。

そんな普通の幸せを、俺が願っていると思ったのかってね。

でも、それが普通だよ。だからこれは八つ当たりだ。


俺は、お前のことがずっと好きだった。

別にお前の気持ちがどうだって構わないんだ。

ただ、どうしても、伝えたかった。

この思いを捨てるために。


このことは本当に気にしないで。

ただ伝えたかったっていう、俺のくだらないエゴなんだ。

お前のことを大切に思うから、俺はこの思いを捨てて、

いや、心の奥底にしまって生きていきます。

だからどうか、幸せになってください。



クレイグ・バラクロフ"―――



端正な文字で書かれたこの手紙を読んだとき、自然と涙がこぼれた。

嬉しくて泣いたのか、悲しくて泣いたのかはわからない。きっと、どっちもあったのだろう。

    

涙で滲むのがもったいなくて、慌てて涙をぬぐって、それからすぐに自分のイスに座って新しい便箋を手に取った。

何から書いていいのかわからなかったけれど、

三回深呼吸をしても全然落ち着いてくれない心臓を、なんとか宥めてからボールペンを手にした。




"クレイグ


この間くれた写真、どれもすごくよかった。

ドイツの街並みってこんなにきれいなんだ、って思ったよ。

猫の写真も最高に良かった。裏路地の写真好きだから、もっと撮ってよ。


この間の手紙で、"俺の未来を勝手に決められたことがつらかった"って書いてたよな。

オレにはそんなつもりなかったよ。

お前の家で一緒に窓から見える空眺めて、

寝転びながら話したときに、お前には幸せな家庭を持ってほしいと思ったんだ。

お前が家庭環境に色々悩まされてきたのを知ってたから、

本当に幸せな家庭ってものを見つけてほしかった。


それなのに、ずるいよ。

お前こそオレの気持ちを勝手に決めつけてる。

わかってたんじゃないか。

オレはお前のことが好きだったよ。

ずっと、お前が転校してきたときからだと思う。

何度も何度も、こんなんじゃいけないって、素晴らしい未来が待ち受けているお前の

足かせになっちゃいけないって思ってた。

だからずっと言わないつもりで、このまま言わないで死のうと思ってたのに。


    

涙で滲むのがもったいなくて、慌てて涙をぬぐって、それからすぐに自分のイスに座って新しい便箋を手に取った。

何から書いていいのかわからなかったけれど、

三回深呼吸をしても全然落ち着いてくれない心臓を、なんとか宥めてからボールペンを手にした。


オレはいま、この自分の思いに誇りを持ってる。

お前を好きになってよかった。

だから、オレのことを好きでいてください。



ピアーズ"


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