#015-2

次の教室は、学内で最北にある研究棟。

風に吹きさらされる研究棟は、冬期の研究期間に泊まり込むとひどく冷えるという。まだそれを経験したことが無いクレイグは、それに内心怯えた。

ドイツの冬は寒い。冬の学会でドイツに連れられるのは、カスパルと会えることを差し引いても、親の都合の中でも最も苦痛だった。

ずっと寒い地方で育ってきたけれど、本当は寒いのは嫌いだ。

寒さは、悲しみを背負う人の心に悪魔を巣食わせる。


「そんなことないさ。人を傷つけるのが怖いだけで」

「いや、そこじゃない。その優しさじゃなくて、んー、なんだろうな、お前の写真にもそれが滲み出てる。グランマから愛情をたっぷり注がれて育ったんだなと思ったよ」


ドイツ人の幼馴染が笑う。

    

クレイグは笑えなかった。いつかピアーズにも、似たようなことを言われたことがある。




"住所を書かないのは、ただの強がりと妙な期待を捨てるためだった。

もしかしたら、ピアーズがいつかドイツまで会いに来てくれるかもしれないと思った。

だがそれは、いまの俺にとって自我を失う瞬間はそのときくらいしかないと思えるほど、ある意味で恐ろしいことだった。

ピアーズがいま目の前にあらわれたら、何をするかわからない。

膝から崩れ落ちて泣くかもしれないし、あるいはその体を強く抱きしめるかもしれない。

でも、俺たちの関係は『友人』だ。

会わない方がいい。この恋は、ドイツに捨てていくつもりだ。

次向こうに戻るときは、せめてあいつにも俺にも、恋人が出来ているといいのだが。"




研究棟のエントランス付近に通用門がある。

そこを出ると一般道に出て、近くの噴水公園を抜けると郵便局が位置している。

いつもそこからピアーズ宛の手紙を送っていた。


「カスパル、悪い先行ってて」

「また手紙か?」

「ああ」


クレイグは自転車を降りてそのまま通用門に向かった。

細い道は、すべて落ち葉で埋まっている。


「付き合うさ。たまにはいいだろ」


カスパルが駆けてきて隣に並んだ。

木枯らしが二人のコートを揺らす。

    

噴水公園は住民の憩いの場となっており、今日もそれなりの人でにぎわっているらしい。

中央に位置する噴水からは一時間に一回、大きな噴水が上がる。

公園の中に足を踏み入れると、その噴水が大きく上がったのが遠目でもわかった。




"この気持ちを忘れることができるのは、きっと死ぬ時だと思う。

未来の自分に一言言えるのであれば、こう言いたい。

俺はこの恋に落ちて、本当に幸せだった。

苦しいことも、切ない気持ちも、まるごと含めて幸せだと思うのは、

後生これきりだろう。"



「ありがとう」


公園からは子どもたちの遊ぶ声が聞こえる。

クレイグはそれを優しい表情で聞いていた。


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