春が来て僕ら
つかさ
第1話
僕はいつも白鳥の公園で待っていた。僕は薄い文庫本を取り出して、彼女が来るまで時間を潰すことにした。彼女はきまって少し遅れてきた。僕は文庫本を片手に、後ろから走ってくる彼女の早い呼吸を数々の音から見つけ出すことが密かな楽しみだった。
はあ、はあ、
ベンチに腰掛けていると、今も彼女が後ろから走ってくる気がして。後ろからめいいっぱい走ってくる彼女の音を今日も探している。
後ろから強い風が吹く。
はあ、はあ、
花びらが上から層を成して舞い落ちる。
このまま素直に言葉を食べられたらどんなに幸せだろうか。
彼女は少し口角を上げてついでのように開きかけ、そのまま息を吸おうとしたがうまくできずに落ちどころのない表情を浮かべていた。
いつかはあなたの言葉をぱくぱくと笑顔で食
べれるようになりたいから。がんばるの。
誰のためでもなく、自分のためにね。
彼女はそう言いながらも瞳から涙がこぼれ落ちた。こんなに弱い彼女を僕はずっと守りたいと思った。
瞳を閉じる。目の奥に込み上げるものを必死に押さえるように固く瞳を閉じた。
深呼吸をして瞳を開ける。
桜並木といつもより多い観客。ざわめいた 様々な音が溢れる中、桜を揺らす風だけが鮮明に響いた。
桜はこの瞬間、紛れもなく、彼女のために同情の、または励ましのために身をもって散ってみせた。激励か、もしくは前もってお手本のように見せたのか。今となってはわからない。彼女は強く吹いた風に靡く花びらを遠くを見るようにして見守っていた。
僕は彼女のことを完全にわかってあげられるのだろうかと怖くなった。彼女はとても弱かったが、なりたい自分像はいつだって誰かのためのもので、実際彼女は周りにはいつも誰かしらが絶えず笑って隣にいた。彼女はあまり実感していなかったかもしれないが、彼女は多くの人に愛されていた。彼女が笑えば、僕の心にはいつも桜が舞い込んできた。荒んだ心に新たな息吹が芽生えるように、そっと春が流れ込むようなそんな心地がした。
今も少し考えてしまう。
次の桜が満開になった時に、彼女は僕に笑いかけてくれるだろうか。
横に並んで、歩いて、僕の目を見て冗談を言ってくれるだろうか。
春が来たよ。
今年も見上げる前に君の口から教えて欲しかった。
僕は目の前を通り過ぎるランドセルを担いだ男の子がお母さんのスマートフォンを小さな手で握りしめてパシャパシャと写真を撮って見せる。その横でお母さんが少し困った様子で「そんなに撮って何になるのよそろそろやめなさい」と宥めていた。
僕はいつのまにかしょんぼりとする男の子をぼんやり見ていたようで目があった。焦って少し微笑むと男の子はこちらを不審そうに見た後にお母さんのトレンチコートの裾を引っ張って遊具のある方向を指さした。
今年は例年よりも桜の開花が早かったようだ。僕は彼女のいない春をあと何十回迎えるだろうか。
四季が巡り、冬が来て必ず春が迎えにくるように、新たな風を運ぶように、僕には君だった。
ソメイヨシノは今年も蕾を開き、誇らしげに頭上に揺れている。
その花々の隙間から、僕は彼女の少し困ったようにはにかむ笑顔を見つけた気がした。
春が来て僕ら つかさ @tsuki_
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