クズな私が俯瞰する

 みーちゃんに告白された。

 大好きだ、付き合って欲しいって。


 わたしはその場で何も言葉を発することが出来なかった。

 いや、もしかしたら「ごめんなさい」と言えてたのかもしれない。分からない。


 そう、あの瞬間から何も分からなくなった。


 わたしが“友達”だと思ってた、“友達”でいたいと思っていた彼女は。

 わたしと“友達”でい続けることを拒んだのだ。もっと先の関係になりたいと。友達という称号を捨ててまで、“恋人”になりたい気持ちを優先したのだ。


 恋人なんて、いらない。

 友達が欲しい。


 それはわたしにとって、ずっと昔からの切実な願いだった。

 だって、、、

 恋人には終わりがあるから。

 友達には終わりが無いから。


 恋人関係が終わったとしても、その後で友達に戻ればいいんだよと、誰かが言っていた。


 そんなのは嘘だった。

 もしかしたら割り切れる人の方が多数なのかもしれない。けれど、わたしは無理だった。割り切ることなんて到底出来ない。


 脳に蘇るのは、恋人関係が終わったあとの元恋人たちの反応。

 当たり前に出来ていた挨拶は返されない。声もかけられないし、目を合わせることすら叶わない。

 みーちゃんとは、そんな風になりたくない。ずっとずっと友達でいたい。今思えば、わたしは少しみーちゃんに依存している節があったかもしれない。


 その日は、帰り道の記憶が一切無かった。


 気がついたら家にいて、気がついたら窓の外は真っ暗になって月明かりが差し込んでいて、気がついたら姉に抱きしめられていた。


 いや、


 顔を上げると、姉はとても幸せそうな笑顔で、わたしの頭を撫でてくる。

 それがとても心地よくて、フワフワした。

 そういえば最近撫でられてなかったなとか思いながら、どこか他人事みたいに自分を遠くから見ているわたしがいる。


「何か、辛いことがあったんだね」

「………」

「お姉ちゃんに言ってみない?気が楽になるかもしれないし。私だったら受け止めてあげられるよ??」

「………」


 しばらくわたしは無言で姉の胸にグリグリと頭を擦り寄せた。

 姉は異様に暖かくて、姉に包まれるとすごく安心感を覚える。


 しばらくその温もりに浸ったあと、はポツリポツリと今日の出来事を姉に話しだした。


 話しながらいつのまにかボロボロと泣いていた。


 なぜか。それは裏切られた気持ちになったから。分かっている。それは流石に被害妄想が甚だしいだろう。分かっているんだ、そんなこと。

 けれど、それぐらいにぼくは、みーちゃんをこの先もずっとずっと友達だと思っていた。


 まさかこんなにぼくが大事にしていた関係が、こんな一方的に壊されるとは思ってもみなかったのだ。

 だから、違うと分かっていても、どうしてもみーちゃんには裏切られた気持ちになってしまう。


 話し終えたあとも、姉はしばらく黙ったままぼくの頭を撫でていた。


「……詩織の髪は、綺麗だよね」

「………」

「この長さじゃ、三つ編みは無理かなぁ」

「………」

「お姉ちゃんがもっと器用なら出来たのかもしれないけど。……練習不足だ」

「………」


 そんな風に関係ない話で、ぼくの気持ちが奥底に沈み込まないように気を逸らそうとしてくれる。

 姉の言う通り、姉は器用では無いのかもしれないけれど、やっぱり姉はぼくの味方であり、優しかった。


「美玖ちゃんのことは、残念だったね。私も、あんなに毎日楽しそうな詩織を見るのは久しぶりだったから、美玖ちゃんと詩織のことんだけどなぁ」

「………ぐすっ」


 ダメだ。

 姉の言葉を聞いて、また涙が溢れてくる。


「とりあえずさ。明日、もう一回美玖ちゃんとは二人きりでちゃんと話してくるといいよ。このまま逃げたんじゃ、美玖ちゃんにも悪いし、詩織もそれがいけないことは分かっているでしょ?」

「………うん」

「お姉ちゃんは、何があっても詩織の味方だから。それで何か失敗しちゃったら、明日また私の胸でたくさん泣けばいいよ」

「…………わかった」


 その夜は、これもまた久しぶりに姉と同じベッドで眠った。

 夜、一人で寝るのが怖かったから。誰かの温もりが必要だった。

 姉は快く受け入れてくれた。姉はぼくを拒まない。いつでも姉はぼくの味方。


 姉に包まれながら眠ったことで、幾分かぼくの精神はマシになった。




 翌日。


 学校から帰ったは昨日と同じように姉に抱きついて泣いていた。


 ダメだったのだ。

 みーちゃんの告白から逃げた時点で、もう“わたし”と“みーちゃん”の絆にはハッキリと亀裂が入っていて、友達のままでいることすら出来なかった。


「よしよし。やっぱりダメだったかぁ」

「ひっぐ。ぇ、えっぐ」

「たくさん泣いていいからね、詩織」

「うぅ〜。うぐっ、うぅ〜〜」


 わたしは姉の胸に顔を埋め、わんわん泣いた。涙が枯れるまで泣いた。


「お姉ちゃんは、いつまでも、ずーっと、詩織の味方だよ」

「………ずっと?」

「そう。前にも言ったでしょ?姉妹の絆は、友達の絆とは違うの。私たちの絆は絶対に切れない。だから姉である私は詩織に構うし、支えるし、ずっと味方でいるの」

「………切れない絆なんて、あるの?」


 つい最近まで永遠だと思ってた絆があった。

 しかしその“永遠”は余りにも脆く、一瞬のうちに崩れて、無くなってしまった。


「あるよ。ここにあるの。私は絶対に詩織から離れないし、裏切らない」

「………ほんと?」

「うん。誓うよ」

「ほんとに、裏切らない?どこにも居なくなったり、しない?わたしを一人に、しない??」

「うん、絶対にしない。だって―――」


 姉の言葉が途絶える。

 わたしは顔を上げる。姉の顔を見る。


 ドクン


 この時はじめて、わたしはこんなにも真剣な姉の表情を見た。


「―――だって私は、詩織のことが大好きだから」


 そう言いながらフッと照れ笑いを浮かべる姉の顔を、わたしは絶対に忘れない。

 脳裏に焼き付く。

 あまりにも綺麗な姉の表情。


 それは眩しくて。

 思わず目を細めてしまうような。


 月に照らされる姉は、まるで―――。





 この時、私の中に一つの星が宿った。

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星に降られる口実を。夜空は探している 百日紅 @yurigamine33ki

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