剥がれ落ちて

(謀ったなお姉ちゃん!!)


 急いで一階におりて冷蔵庫を開けると、飲み物がなんとパパが毎晩飲んでいる缶ビールしか無かった。

 あとはママが飲んでる栄養ドリンク。

 麦茶やジュース類が一つも無い。


 そういえば、今朝方ママがぼくと姉が飲むものが無くなったから買ってこないとと独り言を言っていた。


 うっかり忘れていたぼくも悪いけれど、姉はきっと分かっててぼくに飲み物を頼んだに違いない。


 どうしよう。

 ぼくと姉だけならば最悪水道水でも構わないけれど、流石にお客様であるみーちゃんに水道水は気が引ける。

 姉の思う壷になるのは釈だけど、ここは近くのコンビニまで走って買いに行こう。


 もちろん、飲み物を何も出さないという選択肢はぼくの中には無かった。



 コンビニから帰ってきて、お盆の上に買ってきた二本のペットボトル、りんごジュースとオレンジジュースを置く。さらに空のコップを三つ、同じお盆に置いて、落とさないようにしながら駆け足で二階の姉妹共同部屋に入る。


 姉がみーちゃんに意地悪してないといいけど、そう思いながら部屋に入ったものの、なんと意外にも二人は意気投合したのか、とても仲睦まじく会話に花を咲かせていた。


「あっ!おかえり、しーちゃん!!」

「おかえり、詩織」


「………ただいま」


 二人の距離がやけに近い気がして、無意識にムッとなり眉を寄せる。


 お盆を丸いテーブルの上に置いて、ぼくは自分用にりんごジュースをコップに注いだ。

 姉はオレンジジュースのペットボトルを手に取り、コップに注いでいく。

 みーちゃんの方に目を向けると、「私もりんごジュースで」と言ってきたから注いであげた。


「なんの話、してたの?」


 思ってたよりも低い声が出てしまって自分でもびっくりするけど、同時に自分が今、不機嫌であることも自覚する。


 姉がみーちゃんと仲良くしてるから?


 みーちゃんが姉と仲良くしてるから?


 と思ってしまっていた。

 なんとなく、きっと後者だろうと決めつけた。


 みーちゃんはぼくの問いかけに、チラリと窺うように姉を見る。とても困ったような表情をしていた。なんだそれ。

 姉は一度、みーちゃんに微笑む。なんだそれ。

 それから姉はぼくを見て、人懐こい、いつもぼくに向けてくる種類の笑顔とはまた違ったベクトルの笑みを向けてきた。


「なんだと思う?」

「………分からないから聞いてんじゃん」

「私と美玖ちゃんの、二人だけのヒミツってやつだよ」

「………なんだそれ」


 なんだそれ。

 なんか、すっごくムカつく。


 みーちゃんがぼくの家に来て、“友達”を家に呼ぶのって、なんか新鮮で

 とても楽しみにしていたのに………。


 つまんない。

 今のところ、何も面白くない。楽しくない。


「教えてくれないなら、もう別にいいよ。知りたくない。………それよりお姉ちゃん、もう充分休憩出来たんじゃない?勉強に戻れば??」


 姉がぼく以外に、しかもみーちゃんと、二人だけの秘密を作ったことがこんなにもやるせない気持ちにさせられるとは、思いもしなかった。

 きっと今のぼくは、唯一無二の友達であるみーちゃんを、姉に取られたような気がして、不貞腐れてるんだ。


 友達を取られないために、ぼくは姉をみーちゃんから引き離そうと試みる。

 だいたい姉は受験生なのだ。

 遊んでる暇なんて無いでしょ。


「えぇ?べつに計画的に進めてるし、まだ休憩してても私は平気だよ。それよりもさ、もっと花の女の子たちが三人も集まってるんだから、ガールズトークしようよ」

「……ぼくはべつに―――」


 ―――みーちゃんと二人きりで良い

 そう言おうとしたのに。


 言葉は溌剌とした元気な声に遮られる。


「いいですね!私も、しーちゃんとお姉さんと三人でお話したいです!!」

「ほら、美玖ちゃんもこう言ってるんだし、詩織もいいでしょ?」


 ぼくは頷くことしか出来なかった。


 それから二時間ほど、みーちゃんが帰るまで結局ぼくは何も楽しむことが出来なかった。

 ただでさえ会話が苦手なのに、三人で会話なんてぼくだけ置いてかれるに決まってた。


 ぼくは「うん」とか「そうだね」ぐらいしか相槌を打てなくて。

 結局会話に盛り上がっていたのは他二人だけ。


(ほんと、なんにも面白くなかった)


 みーちゃんはチラチラとぼくを見ていたけれど、話を振ってくれるのは決まって姉だった。

 姉が話を振ってくれなければ、ぼくはきっと会話に参加することすら出来ていなかった。


 こんな自分がとても惨めで、情けなくて、泣きたくなる。


 みーちゃんがぼくの家を去ったあと、姉は唐突に俯くぼくを後ろから抱きしめた。


「………なに?」

「……んーん?べつに、なんでもないよ??」

「………」


 ―――じゃあ離れて


 そんな拒絶の言葉が、何故か出てこない。




 それから二週間くらい。

 姉がぼくの頬に再びキスをし始めた。

 みーちゃんが家に来てから、やたら上機嫌で、一日に三回はぼくの頬にキスを落とした。


 学校では、みーちゃんが前よりも頻繁にぼくに構ってくれる時間を増やしてくれた。


 これもみーちゃんが家に遊びに来てから。


 なんか、これは素直に嬉しかった。

 みーちゃんは友達も多いから、今まではぼくだけに構ってくれる時間もそこそこって感じだったけれど。

 最近は多い。すごく多くて、すっごく嬉しい。


 学校で休み時間も、ずっと友達とお話ができるってとても楽しくて、毎日学校に行く足が軽かった。


 そんな、みーちゃんがぼくの家に遊びに来てから幸せが続いた二週間後。


 それはぼくにとって、余りにも突然の出来事だった。



「しーちゃん、大好き。私と、付き合ってください!!」



 ………あぁ、、、


 ぼくの隔てた幾重もの殻たちが、一気に剥がれ落ちた感覚がして、目の前が真っ暗になった。

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