有耶無耶でぐちゃぐちゃになって

 日常になりつつあった姉がぼくの頬っぺたにキスを落とすという行為も、ここ一ヶ月くらいはめっきり無くなった。


 でもぼくはそれを、受験勉強で溜まったストレスの憂さ晴らし程度で、姉がぼくにキスしていると思っていたし。キスをしなくなったのは、ただ単に飽きたからだと思っていた。


 そう、簡単に捉えていたのだ。


 それよりも、ぼくはここ最近ずっと仲良くしている“みーちゃん”と過ごす時間がとても楽しくて、恐らく人生で初めて、「あー、この子がぼくの本当の友達だ」と思えるような子だった。


「ねぇ、みーちゃん」

「どうしたの?


 この頃には、みーちゃんはぼくのことを“しーちゃん”と呼ぶようになっていた。

 ぼくたちはそれぐらい仲の良い関係を築いてきた。


 これが親友なのかもしれないと、友人関係に乏しいぼくはそう解釈したし、期待もしていた。


「この前話してたこと、今日ならいいよって言われた」

「このまえ?」

「ほら、ぼくの本棚見てみたいから、家に遊びに来たいって言ってたでしょ?」

「あぁ!!……えっ!?いいの!??」

「う、うん。………どうする?」

「え、あの、えと、もしかして二人きり、だったりする?」


 みーちゃんは頬をほんのりと朱色に染めて、どぎまぎしながら、そんなことを聞いてきた。


 それに対してぼくは、「あー、、、」と目を逸らす。


「ママとパパはいないんだけど、お姉ちゃんがいるんだよね」

「あ………、そうなんだ」


 露骨に落ち込むみーちゃん。

 どうして二人きりに拘っているのかぼくには分からないけれど、確かにぼくも姉に邪魔されずみーちゃんと二人きりの方が遊んでて楽しそうだと思った。

 だからみーちゃんもきっと、ぼくと同じことを考えているのだろう。


「それじゃあ、今日の放課後、そのまま遊びに行くよ」

「うん!わかった。みーちゃんは家に連絡とかしないの?」

「あとでするー」



 放課後になり、ぼくとみーちゃんは帰路につく。

 ぼくの家へと向かう。


「ただいまー」

「お邪魔します」


 返事は無かった。

 普段は家にいるママも、今日は用事があるとかでいないから「おかえり」が聞こえないのも当然と言えば当然か。


「あれ?誰もいない、の?」

「あー、お姉ちゃんは多分、部屋で勉強してると思う。受験生だし」

「そうなんだ」

「うん。あとね、一つ大事なことを言い忘れてたんだけど、ぼくとお姉ちゃん部屋が一緒になってて、見せる予定の本棚は当たり前だけどその部屋にあるから……」

「うん。………あ、なるほど。お姉さんも同じ部屋で勉強してるから、うるさくしないようにってこと?」

「そ、そう」


 本当は、みーちゃんが遊びにきている時間だけでも気を遣ってリビングとかで勉強してくれることを望んでいるんだけど。

 多分、姉はぼくたちが部屋で遊ぶからこそ、居心地を悪くするために部屋で勉強し続けるんだと思う。


 なぜならこの前、家族四人で食卓を囲んで夜ご飯を食べているときにみーちゃんが家に遊びに来たがっている旨を伝えたときのこと。

 ママとパパはぼくが家に友達を連れてくることに嬉しそうにしていた反面、姉はどこか嫌がっていた節があった。


 いつもぼくの前ではニコニコと微笑んで、色んなことを応援してくれる姉にしては珍しいなと思う。

 きっと姉は、みーちゃんを家に呼ぶことが嫌なのではなく、ぼくと姉の共同部屋にみーちゃんを招くのが不満なのではないかと予想している。


 まぁ、それも全部踏まえたうえで、ぼくは“親友”であるみーちゃんを優先したんだけど。


 ぼくはみーちゃんを連れて部屋に向かった。

 コンコンとノックをしてから部屋に入ると、案の定、姉が勉強している。


「ただいま」

「お邪魔してます」

「おかえり詩織。そして、いらっしゃい美玖ちゃん」


 姉がぼくに微笑んでから、次にみーちゃんを鋭い目で見つめる。それはまるで、ぼくの“大切な友達”を値踏みするような目だった。


「えと、この部屋で遊ぶ予定なんだけど、お姉ちゃんどうする?」

「………どうするって?」

「いや、ここで勉強する?気が散ったりしない??」

「大丈夫。私に気を遣ってくれてるの?詩織は優しいね」

「……べ、べつにそんなんじゃ」

「どっちにしろ、お姉ちゃんも少し休憩しようと思っていたの。どう?せっかく詩織が“お友達”を連れてきたんだから、三人でガールズトーク、してみない?」


 姉は机の上に広げていた教科書とノートをパタンと閉じて、椅子から立ち上がりぼくとみーちゃんの傍に来る。

 姉の提案をぼくは断ろうとしたのだけれど、どうやら姉の問いかけは端からぼくではなく、みーちゃんに向けられていた。


 微笑んでいるようで、その実、目がちっとも笑っていない。

 姉がぼくの友達に酷いことをしないか、急に不安になってくる。


「わ、わかりました」


 みーちゃんは姉の冷たい視線に耐えきれず、渋々頷いていた。


「詩織、ちょっとお姉ちゃんは二人きりで美玖ちゃんとお話をしてみたいから、三人分の飲み物を注いできてちょーだい?」

「………やだ」


 姉とみーちゃんを二人きりになんてしたら、何が起こるか分からない。


「お願い、詩織」

「みーちゃんに何かするつもりでしょ」

「何もしないよ。ただお話するだけ」

「………」

「お願い聞いてくれたら、今度はから」

「!??? な、何言ってるの!??」


「???」


 姉の爆弾発言に、ぼくは顔を熱くしながら狼狽し、みーちゃんは首を傾げている。なんのことか分かっていないみたいだ。


「べつにそんなの、期待してないから!」

「………じゃあ、お願い聞いてくれなかったら、美玖ちゃんに私たち姉妹の秘密を教えちゃうよ?」

「は、はぁ!??」


 あーもう!いったいなんなんだ、今日の姉は!

 さっきから姉の言葉にいちいち振り回されてる感じがして、思考がまとまらない。ぐちゃぐちゃだ。


「わかったよ。行けば良いんでしょ!……みーちゃん、お姉ちゃんが何かしてくる素振りを見せたら、大声でぼくを呼んでね。なるべくぼくも早く戻ってくるから」


 ぼくは急ぎ足で部屋を出て階段を降り、ダイニングキッチンへと向かった。

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