ぼくの人格が
頬っぺただけど、姉に初めてキスをされた日。
その日から、ぼくと姉の関係は少しづつ拗れていったように思う。
「詩織、今日もキスしよっか」
「……はいはい」
あれから毎日必ず一度はこうやってキスをせがまれ、ぼくは頬を姉に向け、そして姉はぼくの頬にキスを落とす。
多い日には二回でも三回でも。
濡らして。
吸って。
食んで。
舐めて。
姉が満足するまで、ぼくは頬を姉に差し出していた。
最初のうちは少なからずあった抵抗も、二ヶ月も同じようなことの繰り返しだと、慣れて何も思わなくなる。
二人だけの秘密だと姉が言うから、この行為が異常だと誰も教えてはくれないから。
感覚が麻痺して異常が通常になって、日常になっていた。
ある日のこと。
「詩織ちゃん。女の子とも付き合ったことあるって、本当?」
「えっ?」
学校のお昼休みの時間。
うちの中学校は給食制だから、給食を食べ終えたあとで図書室で静かに文庫本を読んでいたぼくに、数回見たことある程度の他クラスの女の子が声をかけてきた。
聞かれた質問に答えるならば、ぼくは中学一年生の頃に彼氏や彼女といった恋人を週単位のスパンで取っかえ引っ変えしていたから。
そこにぼくの好意は一切無くても、取っかえ引っ変えしていたことは事実だから、まぁ、質問の答えはイエスになる。
「まぁ、あるけど」
「あ、あのさ!どんな感じだった?」
「えーっと、まぁまぁだった、かな?」
すぐに破局するから、感想を聞かれても「よく分かんない」としか言えない。
「そ、そうなんだ………」
その子はうーんと唸り顎に手をあて何かを考える仕草をする。
ぼくは元から口下手だから、こういう時に自分から何か言葉を発することが出来なくて、相手もこうして黙ったりすると、訪れるのは沈黙の時間だけだ。
それも、ぼくにとっては何をすれば良いかも分からない最悪な時間。
まだ何か聞きたいことがあるのかと、勇気を持って問いかけようとしたタイミングで女の子が顔を上げ、ニコニコしながらぼくの読んでいた文庫本に目を向けた。
「詩織ちゃんは何の本を読んでるの?」
「え?」
名前も知らない。今の今まで声も聞いたことがなかった子と、これはこれでどう接すれば良いか分からない。
とりあえず聞かれたことには読んでいた文庫本の名前を教える。
「へぇ!それ面白い?」
「う、うん」
「私も読んでみようかな?」
「推理小説が好きなら、楽しめるかも」
「そうなんだ!私、推理系のアニメとかお兄ちゃんとよく見てるから、もしかしたら楽しめるかも!!」
「そうなんだ」
「それじゃあさ、今日の放課後、学校帰りに本屋で買おうと思うんだけど、一緒に行かない?」
「………え」
それはまるで、友達同士で気軽に遊びに行こうみたいな、そんな提案だった。
その子からしたら実際そうだったのかもしれないし、他の意図があったのかもしれない。
けれど、ぼくにとっては胸が弾んでしまうほどの誘いだった。
「ぼ、ぼくが一緒に行ってもいいの?」
「詩織ちゃんだけを誘ってるんだよ?」
この日ぼくは、放課後に寄り道する約束をした。
放課後になり、件の女の子と学校帰りを共にする。学校から一番近い本屋に二人で足を運び、目的の本を一緒に探す。
歩いてる間も、探してる間も、ぼくと彼女は沢山のお話をした。
彼女の名前は
みーちゃんは人と仲良くするのが上手なんだと思う。こんな不器用なぼくとも、すぐに距離を縮めてくる。
上に一人兄がいて、四人家族。
家はぼくの家とは真反対の方にあるらしい。
彼女の色々なことを教えてもらったけれど、それでも結局どうして図書室で最初ぼくに、「女の子と付き合った感想」を聞いてきたのか、その話題は全く出てこなかった。
みーちゃんはぼくがお昼休みに教えた文庫本を買って、ぼくはぼくで今読んでる本が読み終わったあとの為の面白そうな文庫本を二冊購入する。
買ったあとも他愛も無い会話をして。
それがなんだが凄く楽しいと感じた。
普通の友達同士でするような、そんな空気の中にぼく自身がいることが、とても嬉しかったのだ。
「じゃあね、詩織ちゃん!」
「う、うん!ばいばい、みーちゃん」
解散したあと、普段よりも足取りが軽い気がして、走って家に帰った。
「ただいま!」
夜ご飯の支度をしていたママが返事をして、階段を駆け上がり、姉妹共同の部屋に入る。
受験生の姉は既に帰ってきていて、姿勢正しく勉強していた。
「おかえり、詩織」
「うん、ただいま」
「どうしたの?そんな息を切らして」
「あの、今日さ」
なんで走って家に帰ったのか。
足取りが軽かっただけが理由じゃない。本当の理由は、もっと別にあった。
こんなにも不器用なぼくを、拒んでも構い続けてくれてる姉に、きっと今日の出来事を話したかったのだ。
身振り手振り、きっと珍しく心の底から笑顔をしているんじゃないか、今のぼくは。
そんな感じで、みーちゃんとのやり取りを姉に話し終える。
姉は喜んでくれると思っていた。
姉が嬉しそうにしてくれると思っていた。
お姉ちゃんも笑ってくれたなら、もしかしたら今日の頬っぺたに落とされるキスは、いつもと違った感覚なのかもしれないと、そう思っていたのに………。
「ふーん。そうなんだ」
姉はとても面白くなさそうな顔をしていた。
ぼくの前では珍しく、不機嫌だった。
そしてその日、結局ぼくの頬っぺたにキスを落とされることも無かった。
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