第17話 本当に泣いていた…実は神様

 あれは白狐たちと知り合いになって間もない頃…近所にある八幡神社の境内の片隅に稲荷社がある。久し振りに挨拶に立ち寄ってみた際に妻に話してきたのである。神様に仕えてはいるものの、白狐の場合は情報が“具体的”なのだ。彼らは日本全国に網の目のような細かい連絡網をもっている。そこで聞いた話は、G県M市にある大沼近くの小さな稲荷社に立ち寄っている白狐からの話。

 何十年も前から大沼の浅瀬の同じ場所に、両手を動かすことも出来ずに腰まで水に浸かり泣き続けている“女の子”が居るというのだ。周囲に居る精霊や白狐仲間では力及ばず、助ける手立てが無く、みんなで声を掛けるだけが精一杯なのだという。まれに近くを通ったお坊さんや、祈祷師に声を掛けてみたが聞こえていない、つまりは自分たちのことを見えてすらいないのでどうすることも出来ない…ということであった。

 「もし、そちらの方面に行かれることがございましたら、おふたりのお力をお借し頂ければ…」と話の最後につけ加えた。もちろん助けないわけにはいかない内容である。「今すぐには無理だが、今度の休みに助けに行く!」と伝えた。

ふたりはなんだかんだ言っても神事があれば休みにはかなり遠くまで足を延ばしてきた。その時も特に近くはないが、“まだ子供でしかも女の子が何十年も水に浸かって泣いている”と聞いて放っておけるわけがない。普通に聞けば“ホラー”のような話かも知れないが、ふたりにとっては“日常”の中のひとつの出来事なのだ。

 次の休み、まだ夜が明け切らないうちに出発し、高速を使い、今さらであろうと何であろうと急いで目的地に向かう。大沼にある立派な神社参拝用の駐車場に車を止めた。降りて一見、沼というよりちょっとした湖に見える。ふたりで辺りを見回す。

妻は“それら”がよく“見える”のだが、こちらとしては通称“妖怪レーダー”と勝手に呼んでいる“感覚”で感知することが出来るのだ。昼前で太陽がまだ昇り切っていないが、晴れていて遠くまで見渡せた。琵琶湖のように巨大なわけではないが、歩けばそれなりに広い…ふたりであちらこちら眼を凝らして探し続けた。松の木が生えた雑木林の近くに怪しさを感じたので向かってみると、林で陰になっていた沼岸近くの浅瀬でようやく“女の子”を発見することが出来たのだ。

 妻は状況を見て絶句していた。“そこに居る!”のは感じるのだが見えないので、妻に聞いて同じく絶句してしまった…その女の子は両腕も両足も縄でぐるぐる巻きにされ、立つのがやっとの状態で何十年も水に浸かって泣いていたのである。

「もう泣かなくていいよ、大丈夫だよ!」と妻が声を掛けているあいだに、解縛の呪文ですぐにほどき、水からゆっくりでいいから上がるよう促した…

 事情を訊ねると、その“女の子”は実は子供に見えていても“神様”で、人間の悲しい気持ちを共に悲しんで和らげるのが役目だそうで、当時、移動のために大沼の水面をたまたま人間の姿で(本来はオーブの姿であるが)移動していたときだったという。近くを通りかかった力のある修験者の集団に見つかり、沼の上を滑るように移動するようすを彼らに“見られ”、子供が飛ぶはずがない、化け物だ妖怪だと騒がれ、修験者集団で不動金縛りに掛けられてしまい、全く身動きが取れなくなり、そのまま放置されてしまったという。

 そんなことになってしまったことを神々が知らないはずがないのだが、しばらくしてから一神が立ち寄り、「辛いだろうが待っていなさい。必ず助けに来る者が現れるから。」と言い残して去っていったというのだ。しかし同じ“神”であってもまだ“力の足りない女の子”である。来る日も来る日も神でありながら縛られたままで、いつまで待てばよいものかも分からずに自分自身が悲しくなり泣いていた…

可哀想ないきさつを聞き終わるタイミングで、空から純白の天馬(ペガサス)が馬車を引いて迎えに降りて来た。「助けてくださりありがとうございました」と深いお辞儀をされて馬車に乗り空の空間へと消えていった。近くには観光客がいるので、目立たないようふたりで小さく手を振った。後日、白狐たちからもお礼を言われた。


※ 昔は、“修験道”と呼ばれているで厳しい山岳修行を積み、法術を学んだ行者の中には実際に“法力”を会得した者が多数存在した。その領域に到達すると常人には見えない不可視の存在が見えたり、密教に通じる“不動金縛り”と呼ばれる“神をも縛る”と例えられる強力な呪術が使えるようになる。(ただし“力のある神”には全く通用しないが。)

そもそもが怪しいだけでなんでもかんでも乱用するものではなく、人間に悪さをする魑魅魍魎に対抗するための法力のひとつなので“悪用”は許されない。

もし掟を破れば「天に向かって吐いたつばは必ず自分に降り掛かる」のだ。

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