第10話 禊の祓い

 それは忘れもしない12月24日、クリスマスイヴの深夜…山奥の細い道路の少し広くなった場所を見つけて車を駐め、ふたりで頭にヘッドライトをセットし、着替えの入ったリュックを背負い、静まり返った暗い山道を頂上目指して登山開始…こんな夜中に暗闇を歩く姿を誰かに見られたら逆に恐怖をおぼえるだろうとふたりで薄笑いしながら(変体か!)ひたすら登る。1時間半掛けて頂上にある修験場の滝に到着した。

 真っ暗で月も出ていない夜であった。すぐさま禊の着物に着替える…

当たり前だが真冬の山奥の山水はとても冷たかった…真っ暗闇に響き渡る滝の音が恐怖と厳格さを感じさせる。修験場の水は霊水というより完全な冷水、気合を入れて白装束の妻が先に滝の水に浸かり体を清めた。妻が水から上がるのを待ってから入れ替わり、ふんどし姿で肩まで浸かり真言を唱えてから上がった。恐らくふたりとも唇の色が変わっていたであろう。冷え切った空気の中、ふたりの身体からはまるで温泉にでも浸かったかのように湯気がもやもや立ち込めていた。寒くて唇が震える、話などしている余裕などないのですぐに着替えて下山した…下りは40分ほどで早かった。なんとか無事“禊”は済ませたのである。

 誰にも見られることなく(おそらく)車に戻った。急いでエンジンを掛け、ヒーターのスイッチを入れる。走り出して5分もしないうちに、大きな黒い影が道路を遮断している…慌ててブレーキを踏んで急停止。馬か!?いや、馬がこんな山道にうろついているなんて考えられない…車のライトを遠目にした。「うっ、嘘ー!!カモシカ!?でかっ!!」照らし出されたものをふたりでよく見ると間違いなく体長は3m、いやそれ以上あるだろうか、角が巨大で凄まじい迫力をかもし出している…「車に体当たりされたら終わりだ!バックするぞーつかまれー!!」全開で30mほどバックしてライトは遠目のままで様子を見ることにした。道は一本道、逆方向で帰ろうとするなら70kmは遠回りになってしまう…

5分ほど様子を見ているとゆっくりと道路脇の山のほうに入っていくのが見えた。「よし、今だ!あそこを突っ切るぞ!!」と言って車を走らせた…そこを通過する時、道路わきの木の間からジッとこちらを見ている大鹿の姿をしっかりと確認した。

 後で分かったことなのだが、神様がその山の精霊に伝えたらしく、無事に禊が済むのを「山の主の鹿」に憑依した精霊に見守らせていたとのことであった。なお、驚いた。「精霊」はやっぱりいたのだ!!大鹿で現れた「力のある精霊(力のないものは憑依出来ない)」が地元では「山の神」として祀られている存在で祠があることも知った。のちの話だが、その「山の神」さんとはそれから展開していく様々な神事で何度もお付き合い頂く親しい仲になったのである。

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