掌編「…絶対に開けないでくださいね?」
深海で出会った絶世の美女から譲り受けた箱――「玉手箱」。
彼女はその箱を、「絶対に開けてはなりませんよ?」と忠告をして青年に渡した。
青年は、地上に戻ってから、その箱を開けることはなかった――――
「お兄さんは本当に七百年前の人?」
「だと思うけど……」
青年が地上へ戻ると、なんと七百年が経っていた。当然、青年の親はとうの昔に亡くなっている……、墓が建っても既に倒れて砂になっていてもおかしくはないだろう。
地形変化で飲み込まれている可能性もある。
「その箱はなあに?」
「開けないようにね。あの人に『絶対に開けてはならない』と言われているんだ」
「それ、開けてくださいと言っているようなものじゃない?」
かもしれない……けど。
額面通りに受け取った青年は、開けたい欲を押し殺して、開けなかった。
「事故で開いてしまった……じゃあ、ダメなの?」
「君が勝手に開けるならいいと思うけど……その場合は君を泥棒として扱うからね」
その後、玉手箱は誰の目にも手も触れないところに封じ込められ、青年が気づいた時には隠していた倉庫からも姿を消していた。
存在を知る女の子をまず疑ったけれど、彼女は知らないと言う……玉手箱の隠し場所を知るのは青年だけだ。
たとえ盗み聞きをしていたとしても、倉庫には鍵をかけていた……もしかしたらねずみが協力して、御輿を上げるように持ち出したのかもしれない。
そして、さらに数百年が経ち……玉手箱が発見されたのは首都・東京だった。
まさに今、首都を破壊しようと近づいてくる黒く巨大な怪獣がやってきており――――
海が揺れる。
脅威がすぐ目の前まで、やってきている……。
水上に浮いていた玉手箱が、怪獣の足下へ流れ着く。
経年劣化していた紐が千切れ、激しい揺れによって蓋が開き、白い煙が立ち上る。
その煙が、怪獣の体を包んで――――
すると、怪獣が倒れるよりも先に崩れていった。
――七百年にもなる時間が、怪獣を襲ったのだ。
一瞬で老化した怪獣が、さらには肉が落ち、骨だけになり……崩れていく。
その巨体が、分解され、海に沈んでいった――――。
もしも開けていれば、青年は同じようになっていたのかもしれない(――煙の効果が青年が持っていた当時とまったく同じとは限らないため、『かもしれない』だ)。
現在、既に青年は亡くなっているけれど、もしも天国で今回の顛末を見ていればゾッとしただろう……開けなくて良かった……と。ほっとしているはずだ。
そして同時に。
青年からすれば、未来の危機を救う武器を温存できたことにもなる。
彼の無欲と額面通りに受け取る素直な性格が、千年以上先の未来を救ったのであれば、彼を題材とした昔話も、多少は脚色されても罰は当たらないだろう。
…了
アンチシリーズ「MOMO太郎」…他 渡貫とゐち @josho
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